翻訳記事:ゲームの終わり?

これは翻訳記事です

GDC#18:ゲームの終わり?

2011/8/7 Soren Johnson
Game Developer誌2011年5月号に掲載された物の再掲

 

2010年3月のGDCにおける講演で、ngcomoの創始者ネイル・ヤングは語った。欧米における基本プレイ無料(F2P)ゲームの出現は「(開発者にとって)業界始まって以来の重要な移行と好機」だと。その後、多くの開発者が次から次にこの移行を果たした。

6月、Turbineは利益の出ている月額制MMO”Lord of the Rings Online”をF2Pに変更すると発表した。同社のMMO、”Dungeon and Dragons Online”における同様の変更が成功し、収益が5倍になったのを受けてである。11月、EAは”Battlefield Play4Free”を発表。F2Pでクライアントダウンロード方式のFPSであり、”Battlefield 2″エンジンを基盤に作られている。同じく二次大戦を舞台にした”Battlefield Heros”の成功を上回ろうという目論見だ。今年2月、人気F2P戦略ゲーム”League of Legends”の開発元Riot Gamesが中国の巨大ゲーム企業Tencentに4億ドルで買収された。これによりF2P方式の巨大な収益可能性が明らかになったのである。

実際、人気シリーズでF2P化が検討されない物はほとんどない。F2Pの収益可能性はあまりに大きく、もはや無視できない存在だ。3月、バンクオブアメリカ・メリルリンチのコンファレンスにて、Activisionの最高財務責任者トーマス・ティップルは語った。恐ろしい事に、”Starcraft 2″は経済的に見ると割に合わないプロジェクトだったという。このゲームは非常によく売れ、総売上は2億5000万ドルを超える。にもかかわらず、継続的な収入をもたらさない事と開発費の高さから、これでも十分なリターンとは言えないのである。結局、Activisionの様な上場企業は最大の利益を生むプロジェクトに金を投じなくてはならない。そしてF2Pゲームの存在感はますます大きくなり、売り切り型ゲームはますます小さく見えて来る。

ネイル・ヤングのngmoco自体、会社の優先事項がどう変わったかという興味深い実例である。このスマートフォン向けゲーム会社の最初のヒット作はiPhoneの”Rolando”であり、黎明期の会社に大きな収入をもたらした。しかしすぐに気付いたのである。売り切りのゲームもそれなりに儲かるが、最も利益をもたらしているのはゲーム内購入付きのF2Pゲームであると。同社の王国建設ゲーム”We Rule”はリリースから1ヶ月も経たずに、最も収益の高い「無料」iOSゲームになった。

F2Pこそ唯一の成長戦略と信じ、ngmocoは売り切り型のゲームをどんどん開発中止にした。収益の約束された”Roland 3″すらもだ。F2Pに適するゲームが最優先だった。ヤングいわく「F2Pにできないゲームはリリースしない」そうである。この戦略は功を奏し、2010年に日本のDeNAがこの若い会社を4億ドルで買収するに至った。

 

新たなデザイン

今日のゲームデザイナーはこの類の命令を上司から始終聞かされる。しかし、F2Pに適する様にゲームをデザインするのはそう簡単な過程ではない。実際、売り切り型ゲームのデザインはこれよりずっと簡単な仕事だ。プレイヤーの体験を可能な限り楽しくするという一つの事に集中すれば良いのだから。これに対し、F2Pゲームはプレイヤーを引きつけて離さない程度に楽しく、かつ課金させる程度に出し惜しみしなくてはならない。

私の作ったフェイスブックゲームである”Dragon Age Legends”を含め、スタミナ方式は多くのゲームに採用された定番モデルである。この方式では戦いを始めるなど、様々な行動がそれぞれ一定のスタミナを消費する。スタミナを使い切ると回復するまでそれらの行動は不可能になる。回復量はふつう5分に1ポイントだ。

スタミナが満タンの場合、使い切るまでに4〜5回の戦闘が可能である。この時点でプレイヤーには2つの選択肢がある。スタミナが自然回復するまで2時間かそこら待つか、リアルマネーでスタミナ回復アイテムを買うかである。スタミナがある限り、無課金プレイヤーも完全なゲーム体験が得られるのだ(“Legends”の戦闘は課金によって変化しない)。しかしスタミナが切れたら辛抱強く待たなくてはならない。

売り切り型ゲームで故意にプレイヤーに辛抱を強いるメカニクスはまれである。というより、それは悪いデザインの証なのだ。F2Pは伝統的なゲームデザインの常識をひっくり返す。実際、これは開発者の間に不安をもたらしている。そもそもゲームを作ろうと思った理由、プレイヤーにできる限りの楽しみを提供したいという動機が危機に晒されているのではないか。独立系デザイナー/プログラマーのクリス・ヘッカーは自身の憂慮を語った:

「私がF2Pに感じている問題は、ビジネスモデルはそれを採用する事で何を犠牲にするのか滅多に語らないという事だ。アイテム課金はゲームデザインを歪める。良い悪いではなく、確実にゲームデザインを別の物にするのだ。アイテム課金の収益性があまりに高く、多くの会社が大型タイトルをこれに移行させるとしたら遺憾の極みだ。ゲームという芸術には探索すべきデザインの余地が大量にある。その多くはF2Pに向いていない。1回買い切りの「完全な」ゲームが失われてしまわない事を切に願う。私が頑固な年寄りだからではない(頑固な年寄りだけれども)。探索されるべきデザイン空間がまだたくさんあるからだ」

 

新たな希望

“League of Legends”は去年最も成功した戦略ゲームのひとつである。そしてヘッカーの、売り切り型ゲームによるデザイン空間の探索が失われてしまうのではという懸念が正しい事を証明するケーススタディだ。このゲームはF2Pを正しくデザインした例としてよく引き合いに出される。人気と商業的成功(4億ドルで買収された)に加え、批評家からも賞賛され”Game Developers Choice Online Awards”を受賞。そして一番重要なのは、このゲームのビジネスモデルがコアゲーマーに受け入れられた事である。ふつうコアゲーマーはアイテム課金を色眼鏡で見るものだ。

“League of Legends”は競技性の高いチーム対戦ゲームであり、一方の陣営に優位を与えるアイテム課金は欧米のゲーマーの大多数には全く受け入れ難い。そこでこのゲームは戦いに長い時間を投じたプレイヤーに報奨を与える仕組みになっている。

メタ経済においては二重通貨システムが採用されている。これはF2Pゲームにはよくある方式で、プレイによって得られる時間通貨(IP)とリアルマネーで買う現金通貨(RP)が並立する。プレイヤーの能力を高めるアイテム(ルーン)は時間通貨(IP)でのみ購入でき、IPを稼ぎ続ける様に強く誘引する。プレイヤーの外観を変える装飾アイテムは現金通貨(RP)でのみ購入できる。こちらは単に見栄の為の支出だ。

またRPで一時的なブーストを買う事もでき、IPを稼ぐ効率が向上する。この課金方式は時間か金かという質問をプレイヤーに投げかける。少し金を出して早くルーンを取れるようにしてもよいし、何試合か余計に戦う事で必要なIPを溜めてもよい。

しかし最も重要な課金はキャラクターの解禁である。”League of Legends”は”Warcraft 3″の人気Mod”Defense of the Ancients”が元になっているのだが、このModでは軍隊を動かせず1人のヒーローだけを動かす。そしてヒーローの組み合わせが奥深さを生み出すのだ。現在のバージョンでは103種類のヒーローがいる。LoLの方も同様の「チャンピオン」というのがいて、2012年3月現在72種類である。

しかし72種類が全ていつでも使えるわけではない。毎週10種類前後のローテーションが組まれ、その時その時で使えるチャンピオンが違うのである。このサイクルは、特定のチャンピオンを使い慣れたプレイヤーを慌てさせる。今や新たなチャンピオンの使い方を学ばねばならないのだ。新たなスキルと能力を楽しんでしまうプレイヤーもいるが、多くは使い慣れたチャンピオンで勝ち続けようとする。

そこでLoLはプレイヤーにチャンピオンを永久に解禁する選択肢を与える。IPでもRPでもこれは支払える。定番のスタミナ方式と同様、キャラクター解禁はプレイヤーが辛抱できない場合に課金する仕組みだ。数週間待ってまた使い慣れたチャンピオンの番になるのを待ってもよいし、数日間戦って解禁に必要なIPを貯めてもよいし、はたまた少し金を投じてお気に入りのチャンピオンを取り戻してもよい。このモデルはゲーマーと開発元の両方にとって上手く働いた。プレイヤーは素晴らしいゲームを無料でできるし、開発元はせっかちなプレイヤーのお陰で収益が得られる。

一方売り切り型ゲームはこういうデザインが不可能だ。プレイヤーの使えるキャラクターが週ごとにそれぞれ限定されているというのは無理である。実際、売り切り型戦略ゲーム”Command and Conquer 4″は何度もセッションをこなさなければユニット作成を解禁できない事で批判を受けている。LoLはチャンピオンをまとめて解禁すれば売り切り型モデルに移行できるだろうが、売り切り型モデルはそう簡単にF2Pに移行できるとは限らない。

例えば”StarCraft 2″はどうやったらF2Pゲームになれるのだろうか。このシリーズは無駄の無いエレガントなルールの塊であり、余計な要素や無駄な選択肢はデザインを曇らせるものとして排除されている。実際、続編でユニットが何種類か追加されたが、Blizzardはその分古いものを廃止してユニットの種類を各種族12個に保っている。また1との差別化の為に4つめの種族が必要であるとの声は聞かれない。

“StarCraft 2″はLoLのモデルを踏襲できるのか? 例えばテランは無料でプレイできるがザーグとプロトスは課金とか。この方式は全く駄目だろう。ビジネスとしても繰り返し購入する機会が限られているし、デザインとしても90%のプレイヤーがテランを使っているのではバランスが崩れてしまう。もっと積極的な策、例えば戦闘中にシージタンクが購入できるなどは公平な勝負というコンセプトに反するだろう。これは戦略ゲームの中核だ。

 

古い教訓

もしActivisionが”StarCraft 2″は経済的に割に合わない判断するなら、この種の精密で複雑なデザインは消え去ってしまうのだろうか? アイテム課金方式は欧米のビデオゲーム業界ではまだ新しい試みだが、アナログゲームの世界では以前からあった。”Magic: The Gathering”および他のTCGは90年代において少額課金モデルの力を見せつけた。プレイヤーは同じゲームの中で何年にも渡り、繰り返し物を買うのである。TCGメーカーは我々よりも先に、ビジネスとゲームデザインが渾然一体となる世界と渡り合っていたのである。

だがTCGの大成功(M:tGの売り上げは年間2億ドルで非TCGを遥かに上回る)にもかかわらず、売り切り型の「完全な」アナログゲームは死滅していない。実際、カードゲームとボードゲームの業界はかつて無いほどの多様性と革新に溢れている。

事実、去年最も成功した2つのカードゲームはM:tGのメカニクスを用いて売り切り型ゲームに仕上げ、商業的にも評判の面でも成功を収めた。「ドミニオン」はTCGのメタゲーム、デッキを作ってプレイする過程を伝統的なカードゲームの形式に落とし込んだ。「世界の七不思議」はTCGのドラフト方式をゲームにしたもので、カードをプレイする度に1枚ドラフトして来る。

これらの売り切り型ゲームはM:tGの影から生まれた物であり、少額課金型ゲームとの共存が可能だと証明している。実際、これらはM:tGのゲームプレイの一部を新たな層に広げたのだ。誰もが決して完結しないカードゲームの一部を買う事に乗り気なわけではない。多くのゲーマーはTCGをやるだけの財力が無いだろう。多くのゲーマーがF2Pゲームに課金する財力が無いのと同じ様に。

もし全てのゲームがアイテム課金に移行したら、そうでないゲーム体験を求めるプレイヤーが大勢取り残されるだろう。アイテム課金はゲームデザインを歪め、繰り返しの購入へとプレイヤーを駆り立てる。しかしそれによって大量のデザイン空間が埋めるべき空白として残される。それは小規模なパブリッシャーと開発元にとって大きな参入チャンスになるだろう。売り切り型ゲームは開発費を慎重に抑えれば十分利益を出せる。そしてその利益は大規模パブリッシャーがデザイン空間を放棄すればするほど高まるのである。

原文:http://www.designer-notes.com/?p=372