翻訳記事:勝つ為に戦う(4)

これは翻訳記事です

 

雑魚病

ここまでは当たり前の、ありふれた事ばかり論じて来た。長い道のりは最初の一歩が最も難しい。ゆえにまずはぬるま湯に浸かって貰った。ここからは違う。ここから先は勝負の冷たく厳しい真実に向き合わねばならない。ここが最も難しい所だ。不安な気持ちになるかも知れない。心の防衛機能によって、この本は間違っていると感じるかも知れない。だが保証する。この部分において、私は聖なる真実を直接告げる。

 

雑魚とは何か

「雑魚」という言葉は様々な意味を持つ。そのうちの1つは何か(例えばゲーム)があまり上手でない人間の事だ。この定義に従えば、我々はみな雑魚として始まる。それを恥じる事は全く無い。だが私はそれとは違う意味で「雑魚」という言葉を使う。雑魚とは、自分で作った規則に縛られて満足に戦えないプレイヤーの事だ。雑魚の作った規則などゲームは関知しない。雑魚は「勝つ為に戦う」事をしない。

誰も皆、最初は弱いプレイヤーとして始まる。自分のしている事を理解するまでには十分な練習が必要だ。だがここに重大な誤解がある。ただゲームを続けて「練習」するだけで、誰でもトッププレイヤーになれるという誤解だ。現実には、「雑魚」はまず多くの心理的障壁を乗り越えなければ先へ進めない。雑魚は戦う前に負けている。いやゲームを選ぶ前に負けている。何が問題なのか? 「勝つ為に戦う」事をしないからだ。

雑魚はこの言明に反発するだろう。自分はちゃんと勝とうとしている。しかし違う。雑魚は複雑な、虚構の規則を自分に課し、まともに競技に参加する事さえできていない。無論これらのお手製ルールはゲームによって異なるが、雑魚の性質は一緒だ。私がキャリアを築いた格闘ゲーム、ストリートファイターを例に取って説明しよう。

ストリートファイターにおいて、雑魚は様々な戦術や状況を「せこい」と断ずる。「せこい」は雑魚のお題目だ。投げを仕掛けるのはせこいと言われる。投げとは特殊な攻撃で、相手を掴んでダメージを与えるものだ。他の攻撃はガードしていると防げるのだが、投げは防げない。そもそも投げが存在するのは、ずっとしゃがんでガードしている相手にもダメージを与えられる様にする為だ。ゲームが成立する為には基幹部分に投げが組み込まれていなくてはならない。投げは理由があって存在している。しかし雑魚は自前の原則を築き上げ、ガードしている間はいかなる攻撃も完全に防げるべきだと考える。雑魚はガードを無限のマジックシールドだと思っているのだ。何故か? 考えるだけ無駄だ。そもそもの始めから馬鹿馬鹿しい概念なのだ。

いわゆる雑魚が、対戦相手を5回続けて投げる光景にはまずお目にかかれない。何故だろうか? それが勝利の確率を高める戦略上の最適手だったとしても? ここで最初の衝突に出会う。雑魚は自分の作り上げた心理的規則の範囲内で「勝つ為に戦う」のだ。これらの規則は信じ難いほど恣意的である。もし相手が遠くから飛び道具を浴びせ続け、距離を保って近づかせなかったら? せこい。立て続けに投げを浴びせたら? それもせこい。これは先ほどの例である。あるいは50秒ほど何もせずにひたすらガードしていたら? せこい。最終的に勝ちをもたらす行動はどれもこれも「せこい」と言われる候補である。ストリートファイターは単なる一例に過ぎず、どの競技ゲームでも同じ事が言える。

同じ行動を繰り返し繰り返し繰り返し浴びせる戦術というのは雑魚からの抗議を呼び起こす。そしてそれこそ話の核心である。雑魚はどうしてこんなに見え透いた戦術を打ち破れないのか? その行動への対抗手段を知らないほど下手なのか? あるいはその行動が何らかの理由によりほとんど対抗不可能なのか? もしそうなら、あえてそれを使わない方がよほど馬鹿らしいのではないか? 「勝つ為に戦う」とは勝率を高める行動なら何でもするという事だ。これに気付くのが最強への道の第一歩である。「勝つ為に戦う」ではその様に定義している。ゲームは「正々堂々」とか「せこい」といった規則に一切関知しない。ゲームにあるのは勝ちと負けだけだ。

雑魚は往々にして、全てを犠牲にして勝ちを求めるスタイルは「退屈」だとか「面白くない」とわめく。雑魚が何を目標にしているのかは知らないが、少なくとも本気で勝つ事を目標にしていないのは明らかだ。こちらは違う。勝つという目標は善であり正義であり真実である。誰にもそれを否定させてはいけない。否定する者は力でねじ伏せよ。つまり対戦して勝つのだ。

2つの組を想定しよう。良いプレイヤーの組と雑魚の組である。雑魚は「楽しみ」の為に遊び、ゲームの深淵を探求しようとはしない。最も効果的な戦術を見つけてそれを無慈悲に振るうという事をしない。良いプレイヤーはそれをする。良いプレイヤーは信じ難いほど強力な戦術やパターンを見つける。そして攻略を進めるに連れ、それへの対抗手段を見つけねばならなくなる。最初は対抗不可能に見えた戦術も、往々にしていつかは対抗手段が発明される。無論それを見つけるのは非常に難しい。対抗手段を知っていれば相手はその戦術を使えなくなるが、今度は対抗手段への対抗手段を使える様になる。そして対抗手段を使うのを躊躇うと、相手は再び最初の強力な戦術を通さんとして来る。この考え方については後に詳述しよう。

良いプレイヤーはどんどん上達する。彼らは「せこい」技を見つけて濫用した。そしてせこい技を止める術を知った。そして止める術を止めてせこい技を通す術を知った。そして競技ゲームにおいては非常に一般的なのだが、後から多くの戦術が発見される事で最初のせこい技がフェアに見えて来る。格闘ゲームではしばしば1人のキャラクターが非常に強い戦術を持っている。不公平に見える。よろしい、そのまま持たせておくべきである。時が経つに連れ、他のキャラクターはそれより更に強く不公平な戦術を持っている事が明らかになる。プレイヤーは双方とも試合の流れを引き寄せんとする。チェスのグランドマスターが対戦相手にとって都合の悪い状況を作り出そうとするのと同じだ。

ここで雑魚組の方に戻ってみよう。彼らは先に述べた奥深さについて何も知らない。彼らの主張とは、戦略も何も無く無闇にボタンを連打する方が「楽しい」というものだ。表面的にはこの主張は正しい様に思える。彼らの試合は「激しく、動きがある」からだ。上級者の試合はもっと抑制され洗練されている。だがよくよく吟味すれば、上級者は雑魚には想像もつかないレベルにおいて莫大な「楽しさ」を見出している事が分かる。暴れ回って曲芸をでっち上げる楽しみなど、相手の心理を読み切って全ての行動に対処する楽しみには及びもつかない。

この2つの組が出会ったら何が起きるだろうか? 上級者が雑魚を徹底的に打ちのめす。雑魚が見た事も無い様な、あるいは本気で対抗を迫られた事の無い様な戦術を次々に繰り出す。これは即ち、雑魚は上級者と同じゲームで遊んでいなかったという事である。上級者は本物のゲームを遊んでいた。雑魚は自前の不文律に従ってハウスルールで遊んでいた。

雑魚にはまだ縋る先がある。「実力」について繰り返し語り、自分がどれほど実力を有していて、他のプレイヤー(自分が負けた相手を含む)がそうでないかを論ずる。混乱のもとは何が「実力」かという点である。ストリートファイターの場合、雑魚は往々にしてコンボを実力の指標にする。コンボとは最初の攻撃が当たれば残りもガードできない一連の攻撃である。コンボは極めて精密で難しい。また雑魚によれば単発の必殺技もまた「実力」を要する。ストリートファイターの「昇龍拳」はスティックを前、下、斜め下に動かしてパンチボタンを押すと出る。この操作はコンマ数秒の内に完了しなくてはならない。ある程度誤差も許されるとは言え、かなり正確な入力が必要だ。雑魚に聞けば昇龍拳を出せるのは「実力」だと言うだろう。

(訳注:この本が書かれたのは2006年。ストリートファイターIIは必殺技入力の誤差があまり許されずかなり難しかった。ストリートファイターIVでは簡単になっている)

プレイ自体は上手い雑魚と対戦した事がある。つまりゲームのルールはよく知っており、キャラクター対策もできていて、殆どの局面では正しい判断をしていた。だが心理的規則の網が彼を絡めとり、「勝つ為に戦う」事を阻んでいた。彼が次々に昇龍拳を繰り出す一方、私は「簡単な」技で彼を沈めた。彼は抗議した。「馬鹿の一つ覚えか? 投げばっかりじゃないか」私は彼にアドバイスした。「勝つ為に戦え。難しい技を出すのは目標じゃない」これは彼の雑魚人生において大きな転機だったと思う。彼は敗北から目をそらし、心理的な檻の中で暮らし続ける事もできた。しかし敗北を分析し、自分に課している規則を取払い、次のレベルへと進む事もできた筈だ。

難しい技を沢山出したプレイヤーに賞を出す様な大会には未だ参加した事が無い。また「革新的な」プレイに賞が出るのも見た事が無い(尤もチェスの大会にはしばしば技能賞があり、天才的な一手に賞を出すが)。多くの雑魚が「革新」に囚われている。彼らは言う。「あいつが使うのはみんな既にある戦術だ、大した事ないよ」あるいは「このテクニックを考えたのはXだ。Yはそれは真似しただけだ」よろしい、YはXより100倍も上手いかも知れない。それでも雑魚には知った事ではないのだ。もしYが大会で優勝し、Xは忘れられた歴史となったら彼らは何と言うか? 無論「Yには実力が無い」と言うに決まっている。

革新的な手法を生み出せばプレイヤーコミュニティでの地位は上がるだろう。しかしそれが最終目標ではない。革新は勝利への手段のひとつに過ぎない。最終目標は可能な限り上手くなる事だ。最終目標は勝つ事だ。

原文:http://www.sirlin.net/ptw