翻訳記事:勝つ為に戦う(10)

これは翻訳記事です

 

孫子の兵法

ここまで実際のプレイの仕方については何ら説明して来なかった。ゲームに挑む際の心構えに話は終始し、どんな戦術や戦略を勝負の際に用いるかは述べなかった。この問題に関して、私は独自の見解を持った権威ある存在とは言い難い。多くの高名な著者達が既に語り尽くしてしまったからだ。そしてその中で最も上手く語ったのは孫子であろう。

2500年前の中国で、孫子は「兵法」という短い教科書を書いた。それからの2500年間、無数の著者が戦争という主題に挑み、無数の戦争が行われたが、孫子の兵法は今なお驚くほど適切である。毛沢東語録に書かれた戦略・戦術方針は孫子の兵法を一語一語辿っているかの如くである。ナポレオンの征服戦争における秘密の武器は孫子の兵法だったとも言われている。そして何と、David Sirlinによる競技ゲーム読本「勝つ為に戦う」も孫子の兵法をだいぶ下敷きにしているそうだ。

以下の数章は孫子の兵法を私なりに訳して言い換えたものだ。兵法には13の章があったがこちらは7章仕立てである。小さな問題は統合し、いくつかの問題は省き、独自の章を2つ加えた。孫子の兵法を今日の競技ゲームにいかに適用すべきか、実例を挙げながらその可能性を探っている。間諜の活用などかなり自由に解釈した部分もあるが、総体としては極めて直接的に当てはめている。

例えば孫子の書いた勝利の五原則を挙げてみよう:

  • 戦うべき時と戦わざるべき時を知る者は勝つ。
  • 優勢と劣勢それぞれの兵の運用を知る者は勝つ。
  • 上と下で意志が統一されている者は勝つ。
  • 自らは備え、備えざる敵を待つ者は勝つ。
  • 優れた能力を持ち、君主に干渉されない者は勝つ。

これを今日の競技ゲームに当てはめるとどうなるか? まず「戦うべき時と戦わざるべき時を知る者は勝つ」である。試合には一時的に不利になる瞬間がある。そうなったら状況が変わるまで時間を稼がなくてはならない。格闘ゲーム”Capcom vs. SNK 2″では「パワーゲージ」というものを貯蓄しておいて使う事ができる。使うとゲージが無くなるまでの間かなり有利に戦いを進められる。相手はゲージが無くなるまでできるだけ逃げ回るべきである。またRTSの”Warcraft”や”StarCraft”では、対戦相手が地形や戦力の集中や時間帯によって一時的に有利になる事がしばしばある。これに戦いを挑んではならない。時間を稼ぐ事でもっと望ましい場所に移ったり、戦力を集めたり、時間帯をずらしたりできるとすれば。待っていれば不利な状況が消え去るという場合、戦わずに逃げるべきである。

次に「優勢と劣勢それぞれの兵の運用を知る者は勝つ」である。勝っている時と負けている時では用いる戦術も変わって来る。旗色が非常に悪い場合、逆転の為にはハイリスク・ハイリターンの賭けに打って出なくてはならない事が多い。チェスで駒の数に差が付いてしまったら、駒を交換しながら相手をじわじわ追いつめている暇は無い。差が大きければ大きいほど、敵のキングを直接討つ必要性は増す。逆に格闘ゲームで大きく勝っている場合、安全策に徹して相手に逆転の機会を与えぬ様にすべきである。相手の体力が残り僅かになったら、素早く出せる弱パンチも、強力だが遅くて隙の大きい攻撃も、両方とも同じ様に致命傷になる。「ほぼ勝っている」という有利な状況になったらリスクの少ない技だけを出すというのは全く理にかなっている。

「上と下で意志が統一されている者は勝つ」孫子が言っているのは将軍の意志が士官や兵卒に正しく伝達され実行されるべきだという事である。実行がまずくては戦略は無駄になる。試合において精神と肉体は「統一されて」いなくてはならない。頭でこの動きが良いと決めたら、肉体はその操作ができるだけの敏捷性と正確さが無くてはならない。”Warcraft”でユニットを細かく動かすのも、テニスで技量冴え渡るバックハンドを決めるのも、”Quake”でロケットランチャーを命中させるのも、「ストリートファイター」で難しいコンボを決めるのも、みなその動きを正確に実行できなくてはならない。

そして「自らは備え、備えざる敵を待つ者は勝つ」である。これは五原則の1つ目とも密接に関わって来る。試合の中でどちらが有利かという流れは変化する。自らは敗北の危険を冒さず、相手の致命的なミスを、あるいは自分に流れが来るのを待ってから攻撃に移る者は賢明である。

例えばFPSの”Counter-Strike”では、「テロリスト」チームのプレイヤーは爆弾を仕掛けなくてはならない。仕掛けられる場所はマップ上に2ヶ所ある。「カウンターテロリスト」チームはそれを阻止せねばならない。カウンターテロリスト側は遮蔽物を利用したり、狙撃手を配置して防御態勢を取る事ができる。守りが鉄壁になったらもはやマップ上を走り回って敵を捜す必要は無い。テロリスト側が制限時間内に爆弾を設置しなければカウンターテロリスト側の勝ちである。この有利な状況では、カウンターテロリスト側はじっと待ってテロリスト側が攻撃して来るのを待てばよい。テロリスト側はどうにかしてこの状況をひっくり返そうとする。基本的な手は2つあり、1つは防御態勢が無い方の設置場所に向かうという方法である。カウンターテロリスト側はそちらに援軍を送らねばならなくなる。もう1つは手榴弾(炸裂弾、閃光弾、煙幕弾など)を使って一時的に敵陣を混乱させるという方法である。

またチェスからも例を引こう:

驚いた事に、カパブランカは自分からは動こうとせず待ちに徹していた。そして結局、相手が悪手を指して2つ目のポーンを失いそのまま決着した。「なぜ駒の優位を活かして攻めなかったのですか?」勇気を振り絞って聞いてみた。彼は鷹揚に笑いながら言った。「待つ方が得だったのさ」

—ミハイル・ボトヴィニク、第6代チェス世界チャンピオン

そして最後、最も面白い指摘である。「優れた能力を持ち、君主に干渉されない者は勝つ」孫子は市民の倫理と軍隊の倫理の違いについて言っている。人情と正義は国家の美徳なれど、軍隊の美徳にあらず。軍隊は日和見で融通無碍でなくてはならない。国家は日常の為の原則と前例を作らねばならない。戦争は切迫した非日常である。戦いに勝とうとすれば、利のある手段は何であれ即座に実行せねばならない。

これこそ「勝つ為に戦う」の論点である。君主に邪魔をさせてはいけない。勝ちたいなら、尊敬されようと思って戦ってはいけない。後でその戦術を解説しようと思ってはいけない。「せこい」という誹りを避けてはいけない。対戦相手と友達になろうと思って戦ってはいけない。友達を作るのは市民の倫理であり、それに戻るのは試合が終わってからだ。試合の最中は相手の嫌がる事をせよ。苛立たせよ。怒らせよ。全ての動きを返り討ちにせよ。相手の不意を突いて奇襲せよ。相手を叩き潰せ。勝ちたいなら、片手を後ろに回して戦ってはいけない。試合の外からの圧力に屈するな。試合の最中は軍隊の倫理だけが存在する。勝ちたいなら、勝つ為に戦え。

原文:http://www.sirlin.net/ptw