翻訳記事:勝つ為に戦う(11)

これは翻訳記事です

 

兵は詭道なり

 兵は詭道なり。能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓し、卑にしてこれを驕らせ、佚にしてこれを労し、親にしてこれを離す。その無備を攻め、その不意に出ず。

ー孫子兵法

試合の内外における行動は対戦相手に情報を与える。相手にどんな情報を与えているか認識せよ。そしてできる限り偽情報で置き換えよ。ポーカーなど秘密情報のあるゲームでブラフを見破るには、ゲーム外におけるプレイヤーの癖や反応が手がかりになる。ゲームが始まっていない内から、勝つ気があるかどうかボディランゲージで伝わってしまう。自信が無いのを見透かされれば激しい攻撃を受け、防戦一方にならざるを得なくなる。

ポーカーでは自分の反応を隠す為に色々な手段を講ずる。いわゆるポーカープレイヤーのイメージというのは、ストイックで無表情な男であろう。そしていかなる感情も表に出さない。しかしほとんどの人間にとってそれは難しすぎる。以前ポーカーのプロがシャツを鼻まで引っ張り上げ、眉から上は帽子で隠し、目にはサングラスという出で立ちでプレイしているのを見た事がある。なるほど表情が見えなければ読む事もできないだろう! そしてもう一方にはお祭り騒ぎタイプがいる。もし常に活発で興奮していれば、読むべき兆候が多過ぎて肝心の情報はノイズに紛れてしまうだろう。

これらは主にゲームの最中に使う技法だが、始まる前にも使える手はある。試合前に他のプレイヤーを脅したり、危ない奴の振りをしたり、他のプレイヤーが口を滑らせて自分のプレイスタイルをばらしてしまう様に仕向けたり。と言っても私自身はそういう事をあまりしない。正直ないい奴でいる事と比べてどちらが利益が大きいだろうか。それにゲーム中にも相手を欺くのに十分な時間はある。しかしもし「儲ける為に戦う」のであればこれらは有効な手段であろう。

秘密情報があって顔を合わせてプレイするゲームの場合、「試合の外」で計略を用いる機会は沢山ある。カードゲーム”M:tG”から、試合の内と外に跨がる計略を2つ挙げよう。(1)対抗呪文ブラフ (2)一見無謀なフルアタック である。

 

対抗呪文ブラフ

「対抗呪文」は”M:tG”に登場する重要な呪文である。相手がカードを出したら、その効果を発揮する前にほぼ確実に打ち消す事ができる。ただしこれは1回きりの使い捨てだ。対抗呪文を使ったら、もう1回使う為にはもう1枚引いて来なくてはいけない。そしてデッキには同じカードを4枚までしか入れられない(似た様な効果のカードは他にもあるが)。

もし手札に対抗呪文が1枚も無かったら、大量に持っている様に見せかけなくてはならない。そして大量に持っていたら持っていない様に見せかける。対戦相手はこちらが対抗呪文を持っているかどうか知る事ができない(手札は秘密情報だ)。そしてこちらは試合の内外に跨がる計略で相手の考えを操作できる。相手がカードを出そうとしたら、手札から(存在しない)対抗呪文を出そうかどうか熟考している演技をしよう。そして最終的に出さない事に決めたという振りをしよう。もちろん、対抗呪文を出す為の資源(マナ)はちゃんと残しておかなくてはならない。土地は公開情報であり相手にも見えている。いわゆる「タップされていない島2枚」を残しておくという手である。対抗呪文を使うには島2枚が必要だからだ。

ゲームの範囲において、例えば使える筈のマナを使わずに残しておき、手札に(本当は存在しない)対抗呪文がある様に見せかける事ができる。ゲームの範囲外においては、例えば卓上の島カードを弄り回してそれに注意を引きつける事ができる。明らかに手札にそれがある様に見せかける事もできるし、あるいはもっと悪質に、それを気にしない振りをする事で罠を仕掛けている様に見せかける事もできる。口三味線を弾いてもよい。読みが外れたら恥をかくぞと口先のジャブを浴びせる。その気になれば非常に長い間、対抗呪文を持っている(あるいは持っていない)という演技を続けられる。また対抗呪文を持っているかと聞かれたら、他のプレイヤーを惑わすチャンスである。これこそ試合の重要な側面だ。

これら全ての策略が相手を難しい状況に追い込む。もしブラフだと思ったら、最も有効なカードを機会があり次第使えばよい。対抗呪文があると思ったら、弱い方から順に使うだろう。まず弱いカードを打ち消させて、対抗手段が無くなった所で強いカードを通す。読みを誤れば、最強のカードを失う(対抗呪文が無いと思ったのに実際にはあった)か、慎重なプレイに徹した結果勝ちのチャンスを逃し、本当に対抗呪文を引いて来る時間を与えてしまうかである。

 

一見無謀なフルアタック

“M:tG”において、「フルアタック(Alpha Strike)」とは全てのクリーチャーで攻撃を仕掛ける事である。これをやると、次のターンで相手の攻撃をブロックするクリーチャーがいなくなる。通常フルアタックを仕掛けるのは、それで与えられる合計ダメージで即座にゲームに勝てる場合である。勝ってしまえばもう次のターンは存在しなくなる。

双方とも大量のクリーチャーを並べているが、相手の方が多いと想像してみよう。相手がフルアタックを仕掛けて来たらその一部はブロックできるが、残りが貫通してそのダメージで負けてしまう。やばい!

そこでこのターン、こちらから先にフルアタックを仕掛ける。相手はそれを自身のクリーチャーでブロックするかどうか決められる。相手がそれをブロックしなかったとしても、与える合計ダメージは勝利に届かない。しかもその場合、次のターンで相手の攻撃をブロックするクリーチャーがいなくなる(攻撃した次のターンはブロックできない)。こうなると何もしなかった場合より更に敗色が濃厚になる。

もう1つの可能性は、相手がこちらのクリーチャーをいくつかブロックするというものだ。そうした場合クリーチャー同士の戦闘が始まる。これにより相手はクリーチャーを失い、次のターンでフルアタックを仕掛けても勝利に届かなくなる。相手がこちらを選んでくれれば好都合であるが、相手も状況は同じ様に把握している。よほどバカでない限りブロックはしてくれまい。

いや果たしてそうか? 仮に一見無謀なフルアタックを仕掛けたとしよう。相手はブロックする筈が無い。不利な状況を更に悪くするだけだ。この行動はどう見ても悪手、試合に負ける手だ……袂に武器を隠し持っていない限りは。よって自明の理として、相手はこちらに何らかの秘密武器があると読んで来る。これは秘密情報を含むゲームであり、こちらの手札は相手に見えないのだ。

どんな秘密武器があるだろうか? 色々あるが、最も素直な手はクリーチャーの与えるダメージを増やす手段を使いフルアタックで倒し切るというものだ。という事は対戦相手はその手で来ると読んでいる。むざむざと手をこまねいてやられる訳には行かない。ではどうすればよいか? クリーチャーでこちらのクリーチャーをブロックする。その結果クリーチャーをいくつか失い、次のターンでフルアタックによる勝利ができなくなるが、少なくとも見え見えのトリックに引っかかって負ける事は防げる。この悪手は相手に「何か裏がある」と思わせる信号なのだ。

陽平を占領した孔明は、仲達が攻め寄せて来ると計略を用いた。旗を震わせ、太鼓の音を止め、城門を開け放ち、少数の兵が城内を掃き清めていた。こうした予想外の手段は功を奏した。仲達は伏兵がいるのではないかと疑い、そのまま兵を引き上げて撤退してしまった。

—孫子兵法、ライオネル・ジャイルズによる編集後記

即ちこれはブラフであり、本当は隠し武器など無いのだ。これはゲームの範囲内において裏があると思わせる策略であり、ゲームの範囲外においては秘密のカードを使うのをどんなに楽しみにしているかという演技ができる。実際に行ったのは相手に攻撃をブロックさせてクリーチャーを失わせるという策略だ。本当なら相手は勝っていたはずなのだが、今やこちらは時間を稼ぎ逆転の機会をうかがっている。

 

居場所を隠す

今自分がどこにいるか、どこに行こうとしているか、相手に知らせてはいけない。それを知らなければ相手は容易に攻撃を仕掛けられず、どこから攻撃が来るかも予測できない。

“StarCraft”や”Warcraft”などのRTSは「戦場の霧」という概念があり、近くに行かなければ相手のユニットがどこにいるか分からない様になっている。もし資源を採掘する為に新しい基地を作るつもりなら、絶対にそれを相手に悟らせてはいけない。その基地に関する全てを秘密にし、いつどこに作るか、そもそも作るかどうか自体を全く知らせない様にせよ。場合によっては偽の基地を建設して注意を引きつけ、本当の基地を隠してしまうという手もある。相手が気付く様な場所に偽の基地を作り始め、それを阻止したと思わせておくのだ。その間に本当の基地の防備を整え、相手に時間を無駄にさせ、しかも情報も得られる。囮への攻撃によって、こちらは相手のユニットの位置や構成が分かる。向こうはこちらの事情が分からない。とはいえ偽の基地をまるごと作ってしまうというのはいささか極端なケースだ。もっとよくあるのは、偽の一撃離脱攻撃を繰り返して敵の注意を本陣に引きつけておくという作戦である。

対戦格闘などの完全情報ゲームにおいても、自分の位置や行こうとする場所を隠す事はできる。この種のゲームには大抵「良い間合い」というものがある。これは自分の技は上手く機能するが相手の技はあまり有効でなくなる間合いである。例えばスト2でリュウがケンと戦う場合、相手の大足がギリギリ届かない間合いが有利である。その位置でガードせずに立っていれば(しゃがむと当たり判定が大きくなる)、ケンが大足を繰り出しても空振りする。そうするとリュウは簡単に大足で差し返せるし、投げる事もできる。またこの間合いではリュウはケンの飛び道具を見てからガードでき、飛び込みに対しても昇龍拳で迎撃できる。つまりケンの一般的な攻撃は、大部分がこの間合いでは死ぬわけである。無論、どんな間合いがちょうど良いかは対戦の組み合わせによって変わって来る。

上級者はこの間合いの機微をよく知っており、自分に都合の良い間合いを取ろうと激しく争う。弱いプレイヤーも「頑張って」戦ってはいるだろうが、どの間合いで戦うべきかを知らないため、相手の上級者は簡単に良い間合いに行けてしまう。そして有利な位置から試合を支配するのである。

往々にして、上級者はこの良い間合いの存在そのものを隠す。隙のない技を次々と繰り出し、良い間合いの前後をうろうろしながら入念なダンスを踊る。そうして自分が持っている優位を隠してしまうのである。不思議な事に、弱い相手がそれに攻撃を仕掛けると、するりと間を外して差し返して来る。これに苛立つと更に大きなミスをしでかした挙げ句、完全に叩きのめされてしまったりする。これはもう吹き替え映画を読唇術で理解しようとするのと一緒で、偽の動きに惑わされて本当のところは何も分からないのである。

更に上級者は「恐怖のオーラ」の助けもある。もし入念なダンスにおいて激しさと意図を見せつける事ができれば、相手はそれが何かの作戦だと思いこむ。しかしこれは往々にして目くらましである。相手が餌に釣られて罠に陥るのを待つ、時間稼ぎに過ぎないのだ。

 

弱点を隠す

こちらが脆弱な時と堅牢な時とを悟らせなければ有利になる。格闘ゲームにおいて「鳥かご」などの罠はこの好例である。罠にはほぼ全て弱点がある。それを隠すのが要諦だ。

罠とは相手を動けなくする一連の動きである。例えば飛び道具を次々に浴びせ、相手が飛び越えたら対空技で迎撃する。あるいは連続して技を浴びせ、その後すぐに近づいてまた連続攻撃を繰り返す。(相手に攻撃を当てたりガードさせると間合いが離れるので、連続で繰り出すには前進が必要になる)

「ストリートファイター」では罠は見た目ほど安定していない。攻め手が3回、2回、あるいは1回ですら隙間無く繰り返すのは難しい。しかし優れた罠使いは相手を騙すのが上手い。隙間は確かに存在するのだが、存在しない様に見せかける。そして一見隙間の様に見えるのは往々にして囮なのだ。

基本的にどのバージョンでも同じだが、ここでは「ストII’ターボ」におけるリュウの鳥かごを例に挙げよう。相手を転ばせて「画面端」に追いつめたら、相手はもうそれ以上後ろに下がれない。このゲームは2Dなので、波動拳が来たら飛び越える以外に躱す方法は無い。ここで鍵になるのが、遅い波動拳を出した直後に速い波動拳を出すという事だ。相手が遅い波動拳をガードしたら、波動拳の隙間を縫ってジャンプしようとするとほぼ必ず速い波動拳に当たる。この「罠」はわずか2つの技でできているわけだ! 罠としては大したものではないが、目くらましによって30発以上続ける事もできる!

まず、リュウは遅い波動拳を転倒した相手に「重ねる」。つまり相手が起き上がった瞬間に波動拳がそこにある様にして、相手がガードせざるを得なくする。タイミングが良ければ、波動拳の先端でなく後端部分が相手に重なる。この場合、リュウは既に波動拳の戻りモーションを終えて次を撃てる様になっている。仕組み自体はここでは重要ではない。とにかく「重ね」の遅い波動拳、遅い波動拳、そして速い波動拳という3連続の罠という事で理解して欲しい。相手はその隙間を縫って飛び込むのがかなり難しいのだ。

相手を画面端で転ばせたとしよう。この3連発が終わる前に相手が飛ぼうとすると、波動拳に当たってまた最初からやり直しになる。仕方無いので向こうは3発目(速い波動拳)が終わるまで待つ。この時点で隙間ができ、相手は飛ぶ事ができる。もちろんこれはリュウ側も承知で、ゆえに4発目の波動拳は撃たないのである。代わりに飛んだ相手を昇龍拳で落とし、画面端に追い込む。これでまた最初に戻る。相手は怯え出す。この罠は決して抜けられない様に見える。リュウ側はそういう幻想を作り出し、それを利用しているわけである。

今度はリュウは「重ね」の遅い波動拳、遅い波動拳(これは本物の罠である)、そしてもう1発遅い波動拳を撃つ事ができる。これは本物の罠ではない。この3発目の波動拳は飛び越える事ができる。しかし相手は警戒してそれをしない。リュウ側はその後に速い波動拳を撃って本物の罠にする事もできるし、あるいは遅い波動拳を3発浴びせてから速い波動拳で締めるという事もできる。速い波動拳が来ればその後飛び込めるというのは誰もが知っている。だがリュウ側もそれは先刻承知で……ビシッ!……また遅い波動拳で振り出しに戻る。今のは躊躇しない方が良かったのだ…。リュウ側は「恐怖のオーラ」を使って本当は罠ではない技(遅い波動拳の連発)を通し、しかもこっそりと最初に戻っている(速い波動拳の後の遅い波動拳)。リュウ側の激しく断固とした攻めにより、本当は幻想でしかない物が本物の罠に見えてしまうのだ。罠がどこで始まってどこで終わるのかを隠す入念なダンスである。

隙間は罠の鍵となる側面である。ここを上手く誤摩化す事で、受け手はどれが本物の隙間でどれが囮か分からなくなる。時には本当の隙間の後にただ待ち、相手が飛び込んで来るのを待ち構える事もできる。相手は嵐をくぐり抜けたと思い、初のチャンスに攻撃を仕掛ける。ところがそれは見え見えで、上級者なら当然読み切っているわけだ。

私は以前、相手の罠に対して「賢明な」リバーサルを仕掛けたが、毎回毎回読まれて迎撃されてしまった事がある。やっとの事で気付いたのだが、これは追っ手から逃れようとして大きな椅子の後ろに隠れているのと変わらない。そこは確かに良い隠れ場所かも知れないが、部屋にはその椅子以外何も無いのだ! 他の選択肢が無ければ結局見え見えの手になってしまうのである。

故に善く敵を動かす者は、これに形すれば敵必ずこれに従い、これに予うれば敵必ずこれを取る。これを以てそれを動かし、卒を以てこれを待つ。

—孫子兵法

格闘ゲームの上級者は自分の有利(良い間合い)と不利(罠の隙間)を隠し、同時にダンスによって相手を惑乱し、躊躇させ、深読みさせるのである。

原文:http://www.sirlin.net/ptw