翻訳記事:勝つ為に戦う(18)

これは翻訳記事です

 

勝負の秋

ゲームにはしばしば「決定的瞬間」が訪れる。試合の勝敗が決まる、あるいは試合の流れを大きく変える瞬間である。小さな優位を慎重に保ったまま試合の90%を過ごしたとしても、決定的瞬間はそれを吹き飛ばし、試合を不確定にし、運命を変えうる。

青天井のポーカーで小さな勝負を10回繰り返したとしよう。その後に相手が大きな賭けを挑んで来たら、それにどう応対するかで全てが決まる。格闘ゲームでじっくりとリードを築いたとしても、1回の判断ミスで大きな隙を晒し、大コンボを食らって再び互角に戻される事もある。チェスで慎重に陣形を築き上げても、1回の妙手で防御を外されチェックメイトを取られれば終わりである。StarCraftで20分かけて大軍を築いたとしても、決定的な数秒間によそ見をしていれば、敵のテンプラーに全てを吹き飛ばされてしまう。

この章を「兵法」セクションの終わりの方に持って来たのは、今までに論じた多くの問題と絡むからだ。試合の勝敗が1度か2度の決定的瞬間で決まるなら、相手を騙すのは遥かに強力になる。その瞬間が来るまで敵から隠れ続けるのも手だろう。操作練習と精神力も重要な問題になる。特定の技を出せる様になったとしても、肝心な時に練習と同じ様にできるだろうか? 決定的な瞬間は集中力が摩耗するゲーム後半、あるいは何試合もくぐり抜けた後のトーナメント終盤に発生する。集中力と体力を消耗した状態で、決定的な瞬間に精神力を保てるだろうか? 試合の帰趨を決する瞬間に敵がどう出るか、観察によって見抜けるだろうか? その瞬間に敵がする事を読んで勝利を手にできるだろうか?

不利な時こそ決定的瞬間を作り出し、それを利用せねばならない。そして有利な時はそれを防ぎ、避けなくてはならない。勝っている時に最もしてはならないのは、読み間違えればリードを失う状況に陥る事だ。安全な状況を作ってリードを守り、相手を僅かな逆転の目に賭けて大きなリスクを取る様に仕向けるべし。

例えば格闘ゲームの「転倒」を考えてみよう。殆どの格闘ゲームでは、転倒すると起き上がるまでしばらく無敵になる。この無敵時間にもかかわらず、転倒させた側は常に有利だ。何故なら相手が起き上がる最初の瞬間に、自分のコントロールする読み合いを押し付ける事ができるからである。起き上がりに攻撃を重ねて上下段のガードで選択を迫ったり、ストリートファイターなら「めくり」で左右のガードを選択させたりできる。あるいはまた何もせず、相手がリバーサル技を出して来るのを待ち構える事もできる。状況を支配しているのは転倒させた側であり、それ故に有利である。ただしこれはあくまで読み合いであり、転倒した側が読み勝ったり幸運を得て反撃に成功し、そのままコンボなり超必殺技なりを決める事もある。殆どの場合、可能なら成功に賭けて読み合いを押し付けるべきだ。押し付ける側にはデメリットよりメリットが多いからである。しかし勝っている時はどうだろうか? 最も攻撃的なプレイヤーであっても、攻撃的プレイとは安全な攻めとリスク計算である事を知っている。ラウンドの開始時点において、決定的瞬間を作るのはリードを得たり敵を震え上がらせる為に有効である。既に大きくリードして勝っていたら話は違う。もちろんリスクを計算してもなお賭けた方が良いとか、読みの神が相手のする事を正しく告げてくれるという場合もあるだろうが、普通はリスクを取らない方がいい。後ろに下がっていれば100%の確率で敵の望む決定的瞬間を避けられる。

「状況作り」の技とは決定的瞬間を作り上げる技である。決定的瞬間が迫っており、それが望ましくないのであれば、あらゆる手を講じてその状況を防止せよ。読み合いに付き合っては駄目だ。ストリートファイターでは、決定的瞬間は相手が凄まじい攻撃を繰り出した直後、自分が動ける様になった瞬間に訪れる。多くのプレイヤーはこの状況にフラストレーションを感じ、見え見えの馬鹿な行動をしてしまう。そして相手はそれを待ち構えているのだ。最初の瞬間は避けよう。動ける様になったその瞬間に技を出すのはありふれた、予見可能な行動である。これは確かに教科書通りだが、相手はその瞬間を待ち構える事ができる。その瞬間に何か技を出す事を相手は知っている。代わりに例えば、2秒間待ったらどうなるだろうか? 格闘ゲームにおける2秒は沢山の瞬間である。最初の瞬間に攻撃しなければ、その次の瞬間だろうか? あるいはその次の瞬間だろうか? 何もしないという選択は状況を仕切り直しに持ち込み、決定的瞬間を曖昧にする。相手にしてみれば、ノーヒントで瞬間的な動作(ブロッキングや超必殺技)を出すのは非常に難しい。相手は予見可能な瞬間に頼っているのだ。勝っている時には、その様な瞬間を与えてはならない。

逆に負けているときは、相手を戦いに引きずり出して接触しなくてはならない。そしてできれば混沌とした状況を作り出し、劣勢を覆すチャンスを手にするべきである。ウォーゲームならば「火攻め」によって相手を防御地点から燻り出して交戦するという事だ。その戦いには負けるかも知れないが、少なくともチャンスはある。ポーカーなら「オールイン」で全てのチップを賭けて相手を脅かす。こちらが良い手を持っている危険を押して相手はそれに乗って来るだろうか? ここで読み間違えれば試合の流れは大きく変わってしまうのだ。

剣を鞘に納めたまま勝つのは常に最上だが、決定的瞬間の活用は今までに紹介した多くの概念の結晶である。欺きから読みに至るまで、全ての勝敗は決定的瞬間にこそ集約される。

 

原文:http://www.sirlin.net/ptw