翻訳記事:来るべき嵐

これは翻訳記事です

GDC#20:来るべき嵐

2012/5/30 Soren Johnson
Game Developer誌2012年2月号に掲載された物の再掲

 

GDC2009でOnLiveが劇的に発表されて以来、業界はクラウドゲーミングに注目し続けて来た。時には懐疑的に、時には期待をかけて。このテクノロジーにはビジネスを一新する可能性がある。もしかしたら、消費者・ゲーム機メーカー・ゲームショップのトライアングルは永久に葬られてしまうかも知れない。

色々な利益がすぐに得られるのは明白だ。インストール無しで時間制限付きの体験版があれば、余計な作業無しにゲームをすぐ展示できる。1日、あるいは1時間いくらでスムーズに課金できればレンタルゲーム屋は必要が無くなり、もっと多くの金銭が直接ゲーム開発者に流れるだろう。同様に、ネット上でライセンスを所有する方式は中古ゲーム屋が同じディスクを複数回売る事を難しくし、消費者から開発者へ直接金銭が行く様にする。更に、オフラインバージョンを廃止して全てをクラウドに移行させれば、海賊版は事実上存在できなくなるだろう。

消費者にとっても、インターネットに接続する端末さえあればインストールしたりパッチを当てたりする手間無しに最先端のグラフィックスに触れられる様になる。常時接続環境が必要だが、どのみち既にシングルプレイ用も含めて多くのゲームがネット接続必須になっている。 実際、クラウドゲームの方が回線が途切れた時に上手く対処できるのだ。”Diablo III”のプレイ中に接続が切れるとプレイヤーはチェックポイントに戻される。一方OnLiveでは接続が切れる前の最後のフレームに戻れるのである。

消費者にとって最も重要なのは、クラウド化がゲームの価格体系を変えてしまう事だ。レンタルや中古も含めたゲームショップをみな中抜きしてしまえば、今まで60ドルで売っていたゲームを30ドルに値下げしても開発者は同じくらいの収益が得られる。これでようやくゲームという商品が常識的な値段になる。映画や書籍や音楽と同じぐらいの値段になれば世の中の主流に出て行けるだろう。60ドルのゲームと300ドルのゲーム機は普通の消費者には相当敷居が高い。

変化は開発者にも利益をもたらす可能性がある。例えば1日、1週間、1月といった単位で料金を払う新しいビジネスモデル(Netflixの様な全ゲーム解禁のオプションもあるだろうが)が出現し、デザインへのインセンティブを変えてしまうのだ。クラウドゲーミングの下では、装飾に凝った一本道のストーリーより、奥深いゲームプレイが有利になるだろう。”Left4Dead”や”StarCraft”の様な無限のリプレイ性を持ったダイナミックなゲームが、突如として”Call of Duty”や”Uncharted”といった映画もどきより儲かる様になるのだ。

 

ゲーム機の見直し

クラウドゲーミングは次世代ゲーム機に対しても重大な影響が予想される。クラウド経由でゲームを動かす機能は、ゲーム機メーカーに旨みのある商売をもたらすだろう。今までゲームショップやレンタル店がやっていた事を、自社のエコシステム内で代替できるのだ。おまけに、光学ドライブやHDDを外した廉価な「クラウド専用」ゲーム機を売る事もできる。

だがこの方向で進んで行くと、そもそもゲーム機は必要なのかという疑問が出て来る。OnLiveは既に”MicroConsole”という物を売っており、最新ゲーム機と同等のゲームがクラウド経由で遊べる。これと同様のテクノロジーがTV自体に組み込まれないとする理由は何も無い。ケーブルテレビ受信機でも衛星放送受信機でも構わない。そもそもゲーム機とは何ぞや? 必須の3要素はコントローラーと、画面と、ソファである。遠からず、この3つとクラウドへの接続環境さえあればいかなるゲームにも数秒でアクセスできるようになるだろう。

実際、クラウドサーバは最新ゲーム機を馬力の面で圧倒している。消費者に次世代ゲーム体験を届けるのが基本サービスなのだ。定期的に高性能の新型サーバが導入される事で、クラウドは「永久に」新しいままのゲーム機でいられる。ゲーム開発者はこれを歓迎すべきだろう。新しいゲーム機が出る度に起こる勃興と崩壊のサイクルがもはや繰り返されないのだから。

現世代のサイクルで言えば、今が一番開発者の儲かるべき時である。ところが実際には倒産しないのが精一杯だ。次世代へのアップグレードの際にその多くが消え去ってしまうだろう。消費者が新しいゲーム機に乗り換えるには数年かかり、そのギャップを無くしてくれる物は何であれ望ましい変化である。

つまりゲーム機メーカーにしてみれば、クラウド化は諸刃の剣というわけだ。一方ではゲームショップの呪縛から解き放ってくれる存在だが、もう一方ではゲーム機の存在価値を脅かす。後者への最大の対抗手段は顧客との密接で積極的な関係だろう。1つのゲーム機にこだわってはいけない。

この方面において、MicrosoftのLiveサービスはソニーや任天堂を遥かに凌駕している。多くのゲーマーはゲームスコアや、実績や、フレンドリストや、ダウンロードしたゲームを捨ててまで他のエコシステムに乗り換えようとは思わないだろう。更に積極策を打てばこの絆を更に強化できる。

クラウド用の小さな端末は殆ど何にでも載せられる。ゆえにどのゲーム機メーカーでも、OnLiveなりGaikaiなりを買収して次のシステムアップデートに組み込めば次世代機を始められる。その次には現行ゲーム機のクラウド版をタダ同然($100なり$50なり)で売る事ができる。これは市場をひっくり返すだろう。これが来るべき変化に備える方法である。次の世代のゲーム機は最後のゲーム機になると言われているが、それすら必ずしも必要ではない。

 

ゲームの見直し

しかしクラウドの可能性は業界への経済的影響よりももっと大きい。実際これはゲームを作る方法そのものを変革しうる。まず、クラウド化は多くの開発チームが抱える最大の問題を解決できる。方向転換のしやすい開発初期において、実際のプレイヤーからフィードバックを得られないという問題だ。ゲームプロジェクトは最初小回りの利くモーターボートとして始まり、やがてゆっくりと膨れ上がって鈍重な戦艦になる。こうなったらもう方向転換は難しい。

クラウド技術を用いれば、ゲームがプレイ可能になったらすぐにファンに公開する事が可能になる。技術的な問題やセキュリティ上の懸念は殆ど無い。プレイヤーが必要なのはブラウザとパスワード(あれば)だけ。ゲームを開発初期に公開してフィードバックと評判を得るのは、インディーズにとっては目新しい事ではない(というより、それがインディーズの競争における大きな強みなのだ)。一方大手は開発中のゲームの流出や前評判で躓くなどのリスクがあるため同じ事をするのが難しかった。

だがゲームプログラムやデータがサーバ上にしか存在しないとすれば、何も流出しようが無い。前評判に関しても、最大のリスクは悪いゲームをリリースしてしまう事であり、それに至る最も確実な道は開発チームに実際のプレイヤーという酸素を吸わせない事である。更に、クラウドの持つ柔軟性はテストプレイヤーを選ぶ無限の方法を提供してくれる。24時間限定パス、地域限定セッション、プレスリリース版、パッケージにアクセスコードを入れておく、などなどなど。

更に、クラウドでのテストプレイは従来の単純な統計や掲示板のコメントよりもっと多くの物をもたらしてくれる。クラウドサーバの出力はゲーム画面の映像そのものであり、そのゲームがプレイされた全ての瞬間を録画して開発者に見せる事が可能である。トリッキーなボスを皆がどうやって倒しているか知りたい? 色々なプレイヤーの録画映像を観ればいいだけだ。

そしてクラウド化がもたらす最大の変化は、クライアント/サーバ構造の終焉である。多くのオンラインゲームは小さなクライアントと、「実際の」計算を行うサーバ側ソフトウェアに分かれている。これはチートの蔓延を防ぐ為だ(ラフ・コスター氏の名言「クライアントソフトは敵の手にある」)。クラウド化した世界では、クライアントは最早クライアントと呼ぶのもおこがましい程の小さなソフトになっているだろう。それはただの入力機能付きビデオ再生ソフトだ。

このシステムの良い所は、もうクライアントという物を作ったり、セキュリティホールを塞いだり、P2Pの接続性を考えたり、クライアント側にどんな最小情報セットを送るかを最適化したりする事に労力を割かなくてすむ事だ。言い方を変えれば、ゲームにマルチプレイを追加するのは基本的に些細な仕事になる。

マルチプレイヤーゲームを一から書くのは大変な挑戦だ。サーバとクライアントの間で状態を同期させ、安全性、公平性、正確さを確保するのは並大抵の事ではない。クラウド化によって、クライアントソフトそのものが無くなりこれらの問題は消滅する。開発者は1つのマシンで走る1つのバージョンのゲームを書けばいい。ゲームはユーザーのアクションに従って反応する。これはまさにシングルプレイヤーゲームの作り方と同じだ。

この面でのメリットを得るには少し勇気が必要だ。完全なクラウドへの移行を必要とするからである。クライアントソフトの無いオンラインゲームを作るという事は、それがクラウド上でのみプレイできるという事を意味する。クラウドへの完全移行には色々なメリットがある。例えば海賊版の消滅だ。そして最大のメリットはネットワークプログラマが要らなくなる事だろう。

この変化から最大の利益を得るのは小規模なインディーズ開発元かも知れない。インディーズでMMOを作るというアイディアは、投じられる労力があまりに少ない為に笑い種でしかなかった。もしMojangがクラウド版の”Minecraft”を出していたらどうなっただろう? 自動でアップデートされ、あらゆるデバイスとブラウザからプレイでき、全ての世界が繋がれている…想像は膨らむ。クラウドゲーミングに関しての質問は今の所、「いつ」それが実現するかという所に絞られている。だがもっと重要な質問は、それが「何を」可能にするかだ。

原文:http://www.designer-notes.com/?p=410

1 thought on “翻訳記事:来るべき嵐

  1. > ゲームスコアや、業績や、フレンドリストや

    achievementsはゲーム用語だと「業績」ではなく「実績」ですね。

コメントは停止中です。