翻訳記事:フィードバックを得る

これは翻訳記事です

GDC#19:フィードバックを得る

2012/2/1 Soren Johnson
Game Developer誌2011年11月号に掲載された物の再掲

 

「成功を企図し、失敗に備えよ。そして失敗からどう復帰するか考えておけ。我々の”AI WAR”バージョン1.0は成功したが大ヒットには至らなかった。細かいイライラが積もり積もって、皆プレイを止めてしまうのだ。ゲームが公開されると思いもよらなかった問題が次々に発覚する。その時、必ず時間を割いて問題の解決に当たらなくてはならない。そうすればファンは幸せになり、ゲームはもっと売れる。きちんとミスを認めて対処せよ。大変だがすぐに慣れる。私も最初は感情的に辛かったが、今では普通の事だ。辛いと気付きさえしない。それは単にフィードバックであり、的を射ているか判断して『やる』『やらない』『そのうち』の箱にそれぞれ放り込むだけだ」

-クリス・パーク、”AI WAR: Fleet Command”のデザイナー。”Three Moves Ahead”ポッドキャストその37より。

ゲームデザイナーは間違えるのが仕事である。アイディアは思った通りに動かない。面白いはずのメカニクスが実際には退屈だったりする。プレイヤーはゲームの「間違った」部分に時間を集中してしまう。本来あるべきはずのゲームは、プレイヤーと接触した瞬間から徐々に死んで行くのである。

更に、デザイナーは往々にして改善案の爆撃を受けるものだ。チームの仲間から、声高なファンから、善意の友達から、通りがかりの重役から。この大洪水を前にすると、本能的に自分のデザインを守ろうと思ってしまう。これらの改善案は乗り越えるべき試練であって、デザイナーたる己の道を行くのが正しいのだと。

しかしフィードバックを消化する過程はゲームデザインの根幹であり、最初のバージョンを作る過程と同じぐらい重要なのだ。ゲーマーは生きた存在であって、頭の中だけで勝手に判断できる対象ではない。それはプレイヤーの頭の中に住んでいて、同じゲームをそれぞれ違った風に遊ぶのだ。

ゆえにデザイナーは優れた説得者ではなく優れた聞き手であるべきだ。もし何らかの理由でプレイヤーにどう楽しめばいいかを説明せねばならないとしたら、何かが根本的に間違っている。実際、デザイナーは非常に謙虚にプレイヤーの言う事に耳を傾けなくてはならない。フィードバックこそ、デザイナーの頭の中にあるゲームと実際に遊べるゲームの間にある霧を取り払う唯一の手段なのだ。

結局の所、ゲームはそれ自体が説明になっていなくてはならない。デザイナーはアイディアを売り込むのに、自分の熱意とコミュニケーション能力に頼ってはならない。自分のゲームに入れ込んでいるデザイナーにとって、己を捨てて批判から学ぶのは苦しい挑戦だろう。だが我々はゲーム作りの手法にこだわるべきであって、最初のデザイン案に拘ってはいけない。

 

仲間の意見を聞く?

フィードバックを集めてそれを判断する能力は、今日のゲームデザイナーに欠かせない能力になっている。最初の、あるいは唯一のフィードバック元は開発チーム自身だろう。情熱を傾けているチームであれば、自分達のゲームを遊んでデザイナーにフィードバックを返す仕事を喜んでやるだろう。何が上手く行って、何が上手く行かないか。しかし、チームからのフィードバックには重大な限界がある。

まず、開発チームはそのゲームと何ヶ月、事によっては何年も付き合っている。平均的なプレイヤーのプレイ時間を遥かに上回る。開発過程でゲームに慣れ切った結果、ほとんど自動的にプレイできるようになり、メカニクスが非直感的だったりUIが分かりにくい事に全く気付かなくなってしまう。開発者はあっという間にゲームを客観的に見られなくなるのだ。そしてゲームを過大評価したり過小評価したりする。

もっと言えば、チームメンバーはそのゲームが好きだからそこにいるのではなく、それぞれの特殊技能によって雇われたのだ。3Dアニメなり、サウンド作成なり、ネットワーク最適化なり。新しいプレイヤーが体験するちょっとした楽しみを彼らは忘れてしまうかも知れない。もっと危険なのは、燃え尽きてゲームへの興味を失い、ファンコミュニティの声高な意見に反発を覚えるかも知れないという事だ。

 

ファンコミュニティを信じる?

ファンコミュニティもまた、溢れるほどのアイディアと提案のるつぼだったりする。”Civilization 3″の開発の時、最大手ファンサイトが「リスト」を提出して来た。読むだけで大変な20万語の大著で、最新作に何を期待するかが詳細に書かれていた。掲示板を漁るのは殆どのデザイナーにとって余りに大変だろう。よほど神経が太くなければ開発上の選択肢が全く無くなってしまう。

だがコミュニティに入るほどのプレイヤーは、誰よりもそのゲームをよく理解している。彼らにとってそのゲームは生活の一部である。彼らは何百時間もそのゲームを遊び、メカニクスとシステムについての知識を高め、開発者すら気付かなかった事にも気付きうる。

難しいのは、プレイヤーの言う事と実際にやる事がしばしば乖離している事だ。GDC2011の講演において、ベン・カズンはちょうどその様な状況について語った。舞台はF2PオンラインFPS、”Battlefield Heros”である。このゲームは十分な利益を出しておらず、課金システムが見直される事になった。無課金プレイヤーが貴重なアイテムを「レンタルする」のを難しくし、それらを直接現金で売るという仕組みである。

掲示板は大騒ぎになった。1週間のうちに4000以上のスレッドが立ち、この変更を非難した。多くの古参プレイヤーが引退を宣言した。状況を更に悪くしていたのが、カズン自身がかつて「武器を売る計画は無い」と公言していた事である。メディアは発現の矛盾を取り上げ、Kotakuに至っては「Battlefield Herosは終わった」という記事まで掲載した。

ところが数字は全く違う事を語る。アクティブユーザー数に有意な減少は見られず、収益は3倍に膨れ上がった。引退を宣言したプレイヤーが嘘をついていたのかどうかは判断が難しいが、それが平均的なプレイヤーを代弁していなかったのは確かである。カズンは更に詳しく調査した。すると掲示板を見ているのは全プレイヤーの20%であり、発言しているのはわずか2%であると分かった。

更にコミュニティ参加者はサイレントマジョリティに比べて課金率が高く(27%対2%)、1人あたりの月額課金額も高かった($110対$32)。つまり掲示板に書かれていた事はプレイヤーの総意を正しく反映していなかったわけだ。本音を語っていたのではなく、金を節約するためにゲームをやめると脅していただけかも知れない。

“Heros”の経験は統計の重要さを示している。統計はフィードバックに次ぐ情報源だ。プレイヤーが実際に何をしているか調べるのは、彼らの言う事に耳を傾けるのと同じ位重要である。もちろん統計にも限界はあり、数字を眺めるだけではなぜプレイヤーがゲームを止めてしまったのか知る事はできない。

ユニットXがユニットYより優先して作られる確率を調べるのはRTSのバランス調整に役立つが、2つのユニットが全く同じだけ魅力的である必要は無い。それは必ずしもゲームを面白くしない。統計は実データを要する客観的質問に答えるには最適だ。例えば最初に選ばれる難易度はどれが多いかなど。しかしゲームが実際に面白いかどうか知るには、プレイヤーの言う事に耳を傾け、プレイヤーがどう感じているかを見つけ出すしか無い。

 

信頼できる意見を見つけよう

どこからフィードバックを得ればいいのか? デザイナーにとっての難問である。声高なファンコミュニティは情報源として不確かなだけでなく、積極的に開発者をミスリードしようとする。最悪なのは開発者が掲示板を見ている事に気付かれると、それだけ欲しい物を手に入れる為の嘘が出て来るという事だ。MMOの開発者はこの手のプレイヤーに始終晒される。自分の使っているキャラクタークラスが弱過ぎると常に強弁するが、客観的な証拠は常にその真逆なのである。

この問題に対処するには、ファンからのフィードバックを得る手段を前々から用意しておくべきである。ファンにも色々いる。木でなく森を見て価値あるフィードバックを返せるのは、限られた一部のファンである。そういう意見がゲーム全体の健全さと面白さに貢献する。”Civilization 4″の開発の時、我々はその様な見識を持ったグループを育て、信頼できるフィードバックを貰っていた。

彼らは信頼できる情報源としての実績があった。Civ3をリリースした後、彼らには特別なプライベート掲示板が与えられ、開発チームと直接やり取りができた。このグループは我々の主たるフィードバック源であり、リリースの前後に渡ってどのアイディアが良くどのアイディアが悪いかについて確信を与えてくれた。彼らがいなければCiv4は非常に違った物になっていただろう。確実に悪い方に。

しかしこうしたグループは慎重に案配せねばならない。他の一般プレイヤーより偉いとか優れていると思わせてはいけない。この理由により、可能であればグループの存在自体を隠しておくべきである。またプレイヤーの代弁者を捜す事にも全力を尽くすべきであり、掲示板の外側から新しいメンバーを入れる事も検討するとよい。

 

早く聞け、しょっちゅう聞け

「クリネックス」テストも正確なフィードバックを得る手段である。テスターはリリース前のゲームに一度しか触れられない。これが名前の由来である。プレイヤーが最初にゲームに出会った時の反応は価値のある情報だ。UIの穴やゲームプレイの歪みに慣れてしまう前の反応である。Valveはこの種のテストを定期的に行っており、ゲームストアで適当なプレイヤーを捕まえてテストさせるのである。

しかし深く掘り下げるテストも同様に重要である。その為にはリリース前に継続してゲームに触れてもらわなくてはならない。そうしてゲームのシステムとメカニクスに対する探索と実験を行うのである。大手パブリッシャーは早い段階でのアクセスを与えるのが難しい場合がある。ゲームがクラックされて海賊版サイトに流れたり、秘密情報がライバルに渡る事を恐れるのである。

インディーズはこの部分で大きな優位がある。情報が漏洩する事よりも、無名で終わる事の方が彼らには恐ろしい。ゆえに最近のインディーズ(“Spelunky”、”Desktop Dungeons”、”The Wager”)の多くはゲームの初期バージョンを公表し、宣伝と同時にフィードバック集めを行っている。

“Frozen Synapse”、”Minecraft”、”Spy Party”など、アルファ版へのアクセス権を販売する事で収入を得ているゲームすら存在する。この選択肢により、開発者はゲームを立ち上げつつそれがどう遊ばれるか観察できる。インディーズが困難な戦いを勝ち抜くための重要な選択肢だ。

原文:http://www.designer-notes.com/?p=391