最悪のユーザ体験

Webサービスの使い勝手を限界まで悪くするとどうなるかという思考実験


公共料金のプランをWeb上で変更したいと考えたとしよう。まずGoogleで社名を検索して一番上のページへ行く。すると会社情報やら投資家情報やらそれが提供する謎のサービスについての情報が並んでいるが、問題の料金に関するセクションは見当たらない。検索ボックスにキーワードを入れても的外れなFAQばかり出てくる。散々格闘した挙句にようやくそれが目的の会社でなく一切情報を共有しない関連会社のページである事に気づく。

そこで書類束をひっくり返し、数ヶ月前に送られていたと思しき葉書を発掘してアドレスを手打ちする。ところが生憎いつも利用するサイトと前半部分が同じなのでオートコンプリートが発動する。リターンキーを押したら違う場所へ行ってしまいやり直しだ。言うまでもなくoか0か、1かlか、2かzかさっぱり分からないフォントが使用されており正しく打ち込める確率は1/16だ。

すったもんだの末に目的のサイトに辿り着くがまたしてもどこを押せば良いか不明である。数十回の不毛な行き帰りの末にようやく一般>その他>サービス>問い合わせからコンタクトフォームを呼び出した上で一番下にある「よくあるお問い合わせ」欄に正しいリンクを発見する。すると必要なサービスを受けるにはJavaアプレットを動かさなくてはならんと告げられる。当然認証などはされていないのでPCのセキュリティ設定を下げなくてはならん。Java自体のアップデートとPCの再起動も必要だ。

アプレットが起動するとPCが途轍もなく熱くなりファンが唸りを上げ始めるが我慢して先に進む。パラグラフの中に同じ色でリンクが埋め込まれているため地雷原よろしくミスクリックが多発するが、バックボタンを押すと「正しい操作が行われませんでした」と表示され最初からやり直しだ。ようやく認証画面を出す事に成功し、葉書に記載されていたIDとパスワードを入力するが「無効です」と言われる。打ち間違えたかな? 更にやり直すが同じ結果になる。そして「3回ログインに失敗してアカウントがロックされました」と告げられる。よく見るとIDではなくその下に記載されたお客様番号を全角数字で打ち込む事が期待されていたらしい。

仕方なくページ下部に記載された番号に電話をかけるが今は金曜の夕方である。全く予想して然るべき事にコールセンターは平日の昼間しか稼動しておらず次のチャンスは59時間後だ。忘れないように電話番号と要件をポストイットに書いて電話機に貼っておく。

そしてどうにか週明けに電話すると同じ事をしていた連中が大勢いたらしく非常に繋がりにくい。自動応答システムの案内に従って電話機のボタンを押すが何度やってもエラーになり、仕方なく「その他のお問い合わせ」カテゴリに突入してひたすら待機。奇跡的にオペレーターと邂逅して事情を告げるとIDを郵送で再発行すると言われる。

1週間後にようやく届くが何故か書留扱いで送られており郵便受には不在連絡票が入っていた。郵便局に電話して再配達を申し込もうとするが今日の受付時間は過ぎている。仕方なく健康保険証を持って郵便局まで直接赴くが身分証明書がもう1点必要だと言われてすごすご引き返し、自分宛の郵便とパスポートを持って捲土重来を期すが前者は無効で後者は期限が切れていた。そこでまたも家に帰り、工具箱から電動ドリルを取り出して自らのこめかみを貫き苦痛に満ちた人生から解放された。

〜完〜