翻訳記事:愛憎の曲がり角

これは翻訳記事です

GDC#14:愛憎の曲がり角

2010/11/4 Soren Johnson
Game Developer誌2010年9月号に掲載された物の再掲

 

2009年3月11日、戦略ゲームに関するポッドキャスト”Three Moves Ahead”にて、フリージャーナリストのトム・チック氏がこんな理論を発表した。今日それは「チック曲線」として知られている:

「私にとって”Empire: Total War”は愛憎の曲線であった。最初私はこれが気に入らなかった。つまり曲線の最下部である。どうして気に入らなかったかと言うと、マニュアルがあまりに酷かったからだ。ゲームを覚えたければ出来合いのキャンペーンをやるしか無かった。ポップアップヘルプも滅茶苦茶だった。私はこれが大嫌いだった。

しかしこれをプレイし、覚えるにつれ、私は徐々にこれが気に入り始めた。つまり曲線を登って行ったのである。頂点に達した時私はこう思った。ヘイ、どういうゲームか分かったぞ、こいつはいい! しかしその後が問題だ。私はAIが極めて貧弱である事に気付いてしまった。やはりこれは駄目なゲームだと思った。そして曲線を下って行った。もう”Empire: Total War”に興味は無くしてしまった。

私がゲームをやると大体この曲線が現れる。ゲームシステムを全て覚えると、AIの良し悪しに関わらずその時点で興味を失ってしまう。そこで挑戦は終わってしまうのだ。覚えてしまったゲームは私にとっては終わったゲームと化す。そしてもう嫌になる。だが本当は、システムを覚えた所でようやく始まるべきなのだ」

ゲーマーなら誰しも同じ様な経験をした事があるだろう。面白いゲームシステムを学ぶ楽しみと、その後の下降線だ。

時には、単純なテクニックや裏技でゲーム全てのバランスが台無しになる事もある。だが多くの場合、元凶はゲームメカニクスを上手く扱えない貧弱なAIだ。ゲームデザイナーは色々な要素を詰め込むが、AIプログラマーがそれを実現できるとは限らないのである。前者の描いたゲームシステムが、現代のAIの手に余るという事もあるわけだ。

 

対称性の問題

全てのゲームにチック曲線が当てはまる訳ではない。そもそも「非対称」のゲームも多いのだ。「マリオ」、”Grand Theft Auto”、”World of Warcraft”、”Half-Life”などにおいて、AIは単なる障害物であり簡単に調整できる。問題はAIが人間と同じゲームをしなくてはならない場合である。

そうした「対称」なゲーム、つまり”StarCraft”、「ストリートファイター」、「パズルクエスト」、”Halo”などは独自の課題を抱えている。良いゲームメカニクスを作るだけでは不十分で、それがAIにちゃんと扱えなくてはならないのだ。そして困った事に、AIという条件を付けると多くの良いアイディアが没になってしまう。

AIが扱い切れない要素は色々ある。信じるか裏切るかの選択、長期投資、多正面戦争。さらに人間には見え透いた罠にもすぐ引っかかる。とりわけ裏切りの要素に関しては、シングルプレイ用「ディプロマシー」を作ろうという数々の試みでその難しさが示されている。誰が敵で、誰が味方で、誰が一応味方なのか。それを正しく読み取る能力がどうしても要る。

従って、対称ゲームを作る場合メカニクスの導入を慎重に考えなくてはならない。でないとチック曲線が生じてしまう。プレイを面白くするがAIに過負荷をかけるメカニクスは、ゲームを短期的には面白くするが、プレイヤーがその使い方を覚えてAIを出し抜ける様になってしまうと長期的な面白さを損なう事になる。

無論、対称ゲームは基本的に対戦用である。”Battlefield”シリーズや格闘ゲームがそうだ。これらはシングルプレイの寿命を縮めてでも、マルチプレイの深みを増す方向で作る事ができる。上級者はAIでなくマルチで遊ぶのであれば、核兵器をゲームに入れてもそれほど問題にはならない。

人間の頭脳は極めて柔軟で、新奇なメカニクスを簡単に習得できる。お陰で開発者は随分楽ができるのだ。”Team Fortress 2″の大規模バランス調整で全てのキャラクターが大幅に更新され、Demomanが剣と盾を使える様になったりしたが、人間はAIと違ってその扱い方が分からずおろおろしたりはしなかった。

 

AIのためのデザイン

しかし、対称かつシングルプレイ用のゲームは人間の都合だけでなくAIの都合も考えてデザインしなくてはならない。辛いだろうが、奇抜で創造性に富んだアイディアも、時にはAIの為に没にしなくてはならない。ゲーム開発はトレードオフの連続だ。AIを強くしておくのはチック曲線の下り坂を無くす為に重要な事だ。

そこで考えられるのが、最初のデザインの段階で問題の芽を摘んでおく方法だ。”Empire: Total War”の中で最も酷かったのが上陸攻撃のシステムである。AIは陸海軍を共同させて海を越えた相手を侵略する事がほとんどできなかった。賢いプレイヤーならすぐに気付いた筈だ。AIは海を越えて攻撃できない。ならば戦略バランスは簡単に手玉に取られてしまう。例えばイギリス軍は大した脅威ではないのではないか?

この問題は珍しい物ではない。輸送ユニットが登場するゲームはほぼ常にAIがそこで躓く。陸軍と輸送艦を同時に同じ場所に集結させ、更に護衛の艦隊も付けるとなればなかなか難しい仕事である。

Big Huge Gamesの歴史RTS、”Rise of Nations”はこれに対し大雑把ながら有効な解決策を呈示した。陸軍は岸に差し掛かると船に変身して水上を渡るのである。そして目的地に着いたら元の陸軍に戻る。輸送艦は作る必要も管理する必要も無くなった。

開発者のブライアン・レイノルズは、この単純な一撃で昔から続くAIの問題を取り除いた。水マップは上級者にとっても面白い物となった。このデザインは輸送艦を作る必要を無くした事で「リアルさ」を犠牲にしたとも言えるが、ゲームの製品寿命を大きく延ばす事に成功している。

また、AIの補強とゲームの改善を同時にできる様なシステムも数多く存在する。輸送艦を作る必要がなくなったのはプレイヤーにとっても悪くない。Civ3とCiv4ではユニット維持費を文明単位に変え、生産あふれが持ち越される様にした。どちらもAIの資源管理を助けると同時に、多くのプレイヤーからマイクロマネジメントの負担を取り除いている。

 

難しい決断

開発者にとって最大の決断は、明らかに面白かったりゲームのテーマから言って必須な要素を単純化したり削ぎ落とさねばならない場合である。時には、いくつかの要素を人間プレイヤー専用にする事で問題から逃げる事もできる。Civ1の核兵器は人間専用でAIは使えなかった。シドはその理由をこう説明する。この超兵器は長いゲームの終盤になって登場する。プレイヤーはそれまでやって来たゲームを核で台無しにしようとは思っていない。ただ最後に狂った宴を楽しみたいだけなのだ。

付け加えると、AIが使えない要素を入れた分AIチートを導入してバランスを取るというのは良い解決策ではない。あまりに多くの人間専用要素を入れると、もはや対称ゲームでなく非対称ゲームになってしまう。そうすると戦略バランス自体がまた変わる。

“Empire: Total War”の例で行くと、AIが上陸攻撃を上手く扱えない事が分かった途端ゲーム自体が別物になってしまう。もはやプレイヤーは沿岸領土を守る必要など無いではないか。地続きの同盟国は島国よりも重要ではなかろうか。AIをハメて成功の見込みの無い侵略に資源を浪費させる事も可能ではないか。最も重要な事は、プレイヤーが女王陛下ではなく、AIの穴を突こうとするゲーマーになってしまう事だ。これこそチック曲線の下り坂である。

究極的には、開発者は難しい決断をしなくてはならない。素晴らしいメカニクスを諦めるか、製品寿命を犠牲にするか。製品寿命を延ばす方法はゲームバランス以外にも色々ある。色々なシナリオを作るとか、コンテンツ生成システムとか、Modを強力にサポートするとか、追加コンテンツを開発するとか。

しかし、繰り返し遊べるゲームを作るには、やはり戦略自体の深みと強いAIが必要だ。数度の楽しみの為に製品寿命を犠牲にすれば、結局はデザインの根本を切り崩す事になってしまう。チック氏の言う様に、「プレイヤーがゲームを覚えた時こそ始まり」であるべきだ。ゲームを覚える過程は確かに楽しいが、試験が存在しないのに試験勉強をするというのは気が進まないだろう。

原文:http://www.designer-notes.com/?p=287