汚い大人の遊び

“Gift”の底本はマルセル・モースの「贈与論」である。贈与は交換の遥か以前から存在し、人類の文化に深く根付いている。何かを贈ったり贈られたりする事は霊的な行為であり、「贈与の霊」がそれに伴って動いて行くのだ。

市場経済は対等な取引主体同士の「交換」を前提とするが、それは人類の性質のほんの一部に過ぎない。贈与はもっと偉大なのだ。親から子へ、師から生徒へ、前の世代から後の世代へ。上流から受け取り下流に渡す。それが人の営みである。

子供達にその事を伝えたい。この世に取引主体としてでなく、まず贈与主体として入って来て欲しい。学習は苦痛と知識の交換ではなく、前の世代からの贈り物だ。労働は時間と金の交換ではなく、君の能力を必要とする人への贈与だ。贈られる事と贈る事を通じてのみ人は命を繋いで行ける。今ある体は誰から貰った物か。

この様な思想に基づいて作られたのが”Gift”である。自分の持ち物を必要とする人に贈る事で得点を稼ぐ。この得点コインは精神的豊かさを表している。何かを贈る事で人は豊かになれるのだ。その事を伝える「贈り物」としてこのゲームを作った。

 

 

 

 

・・・が。汚いコアゲーマーどもは案の定他人の足を引っ張る事に熱中した。「いかに贈与するか」でなく「いかに贈与させないか」のゲームとして遊び始めたのである。他のプレイヤーが2枚持っている札を贈与すると、相手はそれを副露しなくてはならない。副露した札は贈与の材料としては使えない。このため2枚ある所への贈与は「刺す」「潰す」といった動詞が用いられ、贈与の集中砲火を受けたプレイヤーは悲鳴を上げる。世はまさに世紀末であった。

汚い大人の遊び” への2件のコメント

  1. Giftってドイツ語で「毒」という意味の単語なので、それじたいダブルミーニングなゲームのタイトルとして良いかもしれませんね。

    • ( ・3・)<なるほどハハハ ハハハ>(・ε・ )

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