翻訳記事:ゲーム内経済

これは翻訳記事です

GDC#3:ゲーム内経済

2009/1/23 Soren Johnson
Game Developer誌2008年9月号に掲載された物の再掲:

 

ゲームにおける経済システムのデザインは昔から厄介だった。面白く、かつきちんと機能する経済システムを作るのは容易ではない。実際にプレイしてから見通しの甘さが発覚したゲームは数多ある。例えば、初期の「ウルティマオンライン」は経済システムが恐ろしく混沌としていた。ザック・ブース・シンプソンは1999年に「ウルティマオンライン」を分析し、初期の主要な問題を詳しく論じた。

  • 生産システムはアイテムを作れば作るほど儲かる仕組みになっていたため、大量・過剰生産が引き起こされた。
  • 量産したアイテムをNPCに売ると、その度に通貨が発行された。結果、通貨供給によるハイパーインフレが生じた。
  • ベンダーに自分で使うアイテムを持たせ、市価を遥かに上回る値段を設定しておく事で倉庫代わりになった。
  • 倉庫にアイテムを貯め込める様になった事で、流通するアイテムが足りなくなり自己完結経済が成立しなくなった。
  • プレイヤーがカルテル(その1つはライバルゲーム会社によるものだった)を組んで魔法の秘薬を買い占めた。結果、普通のプレイヤーは呪文を唱えられなくなった。

MMO経済の歴史はここから始まり今も続いている。”World of Warcraft”のオークションハウスはゲーム内経済の中でも、いやゲーム全体の中でも活気のある場所だ。多くのプレイヤーが市場での取引に夢中になり、良い影響を及ぼしている。”EVE Online”の開発元であるCCPなどは、本職の経済学者を雇ってゲーム内経済における資源の流れと相場の変動を分析させた。実際、市場の相場がゲームに及ぼす影響を理解する能力は開発に欠かせないものである。

 

市場はゲームバランスを調整するか?

市場原理を使ってゲームバランスを調整しようとする試みはよくある。例えば”Rise of Nations”では、騎士とか弓兵といったユニットを購入する度に、同じ種類のユニットのコストが上昇する仕組みだった。供給増による価格上昇の再現である。これにより、軍事力を最大にするには様々なユニットを組み合わせる必要があった。選択肢の価値が変動する事でゲームの状況は次々に変化する。いつも決まった必勝法という物が無くなり、リプレイ性が向上するわけだ。

しかしやり過ぎは禁物だ。市場原理に任せきりにしているとゲームが崩壊する恐れがある。2006年、Valveは”Counter-Strike: Source”に奇妙な実験経済を導入した。「武器価格変動制」の実装である。週ごとに世界全体での需要量に基づいて武器と装備の価格が更新されると開発者は説明した。ある武器を買う人が多ければ価格は上がり、他の武器は価格が下がる。

だが困った事に、一部の武器に人気が集中しバランスが調整し切れなくなった。例えば強力なデザートイーグルの相場は$16,000まで急騰し、やや性能の劣るグロックは$1まで暴落した。グロックをそこら中に捨て散らかすプレイヤーまで出る始末である。ゲーム内経済は現実の経済とは違う。価格を上げれば全てが調整される訳ではないのだ。プレイヤーは楽しみたいのであって、一番面白い選択肢の価格がどんどん上がって買えなくなってしまったら、単に別のゲームに移るだけかも知れない。現実世界でガソリン価格が急騰して生活が「楽しくなく」なっているが、現実世界は1つしか無いので他に移る事はできない。だがゲームは1つではない。

そもそも完璧なバランスというもの自体が疑わしい。じゃんけんの焼き直しが求められている訳ではないのだ。じゃんけんは全ての選択肢の価値が同じであり、ランダムに手を出すのが最上の戦略である。ゲームはきちんと理由があって動くべきであり、ただ市場に任せるのではいけない。人気の武器を値上げするだけでは、プレイヤーは不利益を被ったと感じかねない。そうするのはバランスの悪さがゲーム自体を崩壊させている場合だけにしよう。

 

ゲーム自体に市場を組み込む

市場原理を利用するもっと適切な方法がある。ゲーム自体に透明性の高いシステムとして組み込むのだ。ボードゲーム界は自由市場を組み込んだゲームの成功例が多い。ドイツ式ゲームの「プエルトリコ」と「ヴィンチ」はそれぞれ、人気の無い職業や技術への助成金を徐々に増やすシステムを備えている。前者の場合、誰も職人をやりたがらなければターン毎に1ゴールドの「助成金」が加算され、その職業を選んだプレイヤーへの報酬になる。助成金が積み増されるに連れその魅力は抗し難くなる。こうしてどの職業もいつかは選ばれる。

プエルトリコにも「明らかに良い戦略」や「明らかに悪い戦略」があるが、それはターン毎に変化する。このため、自動調整システムはゲームを楽しくする方向に働いている。好きな戦略に拘泥すると罰を受けるのでなく、他者がやりたがらない戦略を選ぶと報酬が得られる仕組みだからだ。あるいはもっと重要な事は、仕組みがあらかじめきちんと説明されている点かも知れない。これなら誰も不公平と感じないだろう。

市場原理を最も上手く使って資源と価格のシステムを作ったのは、恐らく「パワーグリッド」だろう。これもドイツ式ボードゲームだ。プレイヤーは発電所を稼働させるために様々な資源を中央市場で購入する。資源の価格はだんだん高くなる直線状の並びで表される。毎ターン、X個の資源が市場に追加され、Y個の資源がプレイヤーに購入されて取り去られる。在庫量の変動に応じて価格も上下する。価格マスのどこまでが在庫で埋まっているかで決まる訳だ。

需給に基づく市場システムをきちんと説明しておく事で、市場自体が新たな戦場ともなる。さながらウォーゲームにおけるヘックスの如し。石炭を買えるだけ買って相場を上げれば、次の番のプレイヤーにはとても手が届かなくなってしまう。そうするとターン終了時に発電所が止まる。これは「パワーグリッド」における最悪の事態だ。真の自由市場において、価格は武器として用いられる。軍事ゲームにおける剣や矢の如し。

 

自由貿易の利益

同様に、最近の戦略ゲームは資源を自由市場で売買できる物が多い。”Sins of a Solar Empire”や”Age of Empires”シリーズである。売買は世界市場の相場に影響を及ぼす。
こうした市場は面白い「欲望の試練」となる。金銭が必要で資源を売りたい、あるいは特定の資源が必要で買いたい、しかしそうすると他のプレイヤーが市場価格の変動を利用できてしまう。”Age of Kings”で木材を買い過ぎると、対戦相手は木材の販売で金銭需要を全て賄えてしまう。

残念ながら、こういった市場システムは大体いつも同じ展開になる。全てのプレイヤーが必要を大幅に上回る資源を手にすると、相場は底に張り付いて動かなくなる。問題の根っこはゲームマップが経済的に公平にできている事だ。”Age of Kings”では全てのプレイヤーの開始地点近くに十分な金と石と木がある事が保証されている。資源がランダムに配置されていれば市場にはもっと動きが出て面白くなったろうが、そうするとゲーム全体としての肝心な軍事バランスが犠牲になりかねない。相手が馬で攻めて来ているのに木が皆無で槍兵を作れなかったらどうする?

ゲームの核心部分に市場を組み込んでいるゲームならこういう制限は無い。多くの経営ゲームでは1つの資源に特化するのが通常の戦略だ。よって自由市場システムはゲームにおける競争の面白い部分になる。最高の例は80年代の”M.U.L.E.”だろう。4人のプレイヤーが新世界の経済覇権を賭けて戦うゲームだ。資源は食料・エネルギー・鉱石・宝石の4種類だけだが、量産の方が効率が良いため特化が奨励される。4種類全ての資源を自前で生産できる事は稀なので、結局他のプレイヤーから資源を買わなくてはならないのだ。

この資源売買のシステムが傑作だった。買い手は画面下部に並べられる。売り手は画面上部。買い手が上昇すると買値が上がる。売り手が下降すると売値が下がる。画面中央で両者が出会うと売買が成立する。ここでもまた、仕組みがきちんと説明されている。プレイヤーの在庫と市場価格は全て公開されている。
自分から売買価格を妥協して取引を成立させる事もできるし、他のプレイヤーが先に折れてくれるのを期待する事もできる。実に分かり易い。誰かが建物の稼働にどうしてもエネルギーを必要としていたり、労働者を養うのに食料が必要だったりすれば、足元を見て財布の中身を根こそぎ引きずり出そうという事になる。こういう状況だと、最早価格が下がるのは他のプレイヤーが先に売り手になって利益をさらうのではないかと警戒した時だけである! “M.U.L.E.”によって掘り下げられた仕組みは深く豊かである。敵を経済的に追いつめるのは粉砕するより楽しかったりもするのだ。

原文:http://www.designer-notes.com/?p=114