これは翻訳記事です
2016/11/16 Cheng Lap
「アグリコラ」の様な言わずと知れた名作をわざわざ紹介する必要は無い気もするが、名作をどれも紹介しない事にすると原稿の種が無くなってしまうので不要とは知りつつ取り上げてみよう。それに世界にはまだまだこのゲームを遊んだ事の無い人が残っているだろうし、紹介した所で大多数はどうせ遊ばないにせよ、遊べばきっと面白いのだ。少なくとも私は好きだ。そういうわけで一度紹介する事にした。
アグリコラはドイツ製ゲームである。プレイヤーはドイツの農家になり、2〜3個の食料と2人(夫婦を表している)の人間と大きな空き地を持って始める。そして他のプレイヤーと共にそこら中を駆けずり回って天然資源を採取し、家人を養い、土地を耕し、我が身と我が家を整えて天下泰平を目指すのだ。6回目の収穫の後最も点数の高いプレイヤーが勝者になる。
そして忘れてはならないのだが、最初の時点では家の空間は2人が生活するのにやっとの狭さであり、公営住宅よりマシな点と言えば羊や豚をペットとして飼ってもいい事だけだ。
どうして家が狭いのを強調するのかと思うかもしれないが、これが非常に重要な点なのだ。遊べばすぐに分かるだろうが、このゲームでは「家族を増やす」行動が極めて重要である。というのも家族1人はラウンドごとの行動1回を表しており、家族成員が多ければ多いほど点数を上げやすく、少なければ低いままになりやすい。さらに家族の人数そのものも最後に1人3点で計算される。このため多くの人が認める通り、アグリコラとはいかに子孫を増やすかのゲームなのだ。一直線に5人まで増やすべきかはやや疑問の余地があるものの、少なくとも3人目の家族はできるだけ早く生んだ方が有利だという点は誰もが同意するはずだ。
しかしこのゲームでは子供は作りたければ作れるという代物ではない。何か特殊能力を使わない限り、最初の狭い家では「家族を増やす」アクションを使うことすらできず、大人しく他の活動に励むしかない。木を集め、部屋を増設し、家を3部屋なり4部屋なりに拡大して繁殖のための空間を用意して初めて繁殖アクションを使えるのだ。要するに開始時点では「子作り部屋すら無い」という事である。結婚して家を建ててようやく始まるという恐ろしく現実的な仕様だ。もし家を建てやすいゲーム展開になれば出生率は上がるし、何らかの原因で家を建てるのが困難になれば出生率も期待できない事になる。
それにも増して現実的な事に、ゲーム終盤の12〜13ラウンド(14ラウンドが最後)になると「空き部屋がなくても繁殖」というアクションが新たに出てくる。果たして年齢も限度に近づいて焦り始めたのかどうか、生活水準も顧みず、部屋があろうと無かろうと構わず、とにかく子供を生んでしまう。そして生まれて来た子供は自分の寝室すら無く誰かと雑魚寝である。実に悲劇的だが、これでもちゃんと3点になる。
しかもこれは人間に限った事ではない。ゲーム中に出てくる他の動物も同じなのだ。羊も牛も豚も、家の中でなく牧場で暮らしているとは言え、その牧場に十分な空間が無ければ繁殖できない。つまり空間が余っていなければ仔牛も生まれて来ない。どうせ生まれて来ても人間に食われるだけにせよ、居住空間が狭すぎると動物ですら子作りの気分にならず何も生まれないのである。
そればかりか植物すらこの運命から逃れられない。このゲームでは土地を耕して畑を作らなければ、作物の種を撒いて育てる事は不可能である。農地が無ければどうなるか? 残念、植物もまた繁殖できない。つまり何もかも土地問題に収斂していく。一見したところ点数を取り合う農業ゲームに見えるが、その本質は繁殖空間争奪ゲームである。人間だろうが動物だろうが植物だろうがみな同じなのだ。
これを遊び終えた時ひとつの真実に気付くだろう。どうして香港や台湾の出生率は一人っ子政策も無いのにこんなに低くなっているのか。政府はもっと子供が生まれれば良いと言うが、一体何をどう生むつもりだ? 部屋が無ければ繁殖アクションすら使えないと知っているか? ボードゲーマーですら気づいている事に税金泥棒どもは目をつぶり、自分は何も間違った事をしていないと嘯いているのだ。
原文はこちら:http://www.cup.com.hk/2016/11/16/chenglap-agricola-boardgame/
Tweet