これは翻訳記事です
剣を収めたまま勝つ
「剣を収めたまま勝つ」とは、実際の戦いが始まる前に勝利を得るという事である。戦いは費用がかかり犠牲も伴う。そして何より敗北の危険を含んでいる。戦う前に勝つ事が可能なら、わざわざ危険を冒す必要はあるまい。
ゆえに善く戦う者は不敗の地に立ち、敵失を逃さない。
—孫子兵法
これは対戦ゲームにはどう適用したら良いだろうか? ひとつは「恐怖のオーラ」を使って試合が始まる前に心理的に勝つというものだ。戦う前に勝つのは常に上策である。しかしひとまずは実際に戦う必要があるとしよう。その場合でも、「本当の戦い」は試合全体に存在するわけではない。ゲームは往々にして位置取りや資源を巡る駆け引きに始まり、攻撃力や防御力を築いた後でようやく実際にぶつかり合う。
実際の衝突こそゲームの理論が最大に発揮される地である。ほとんどの対戦ゲームはこの段階において、「相手は何をするとこちらが読んでいると相手は読んでいるとこちらは読んでいると相手は読んでいるか」という種類の意思決定が求められる。双方とも相手を推し量り、手の内を読み、その読みを相手が読んでいた場合何をして来るかを読み……と果てしなく続く。これはまさに混沌である。そして混沌の中には奇襲があり、運不運があり、敗北がある。
しかしまた多くのゲームにおいて、戦いの前に前に罠を仕掛けておく事が可能である。つまり予めレンガの壁を築いておく。相手はそれを破らなければ押したり引いたりといった戦略に入れないのである。相手は本当の戦いが始まる前に消耗し、もしかしたらそれで倒れるかも知れない。
StarCraft
“StarCraft”の様なRTSにおいて、プレイヤーは実際の衝突の前に多数の選択をしなくてはならない。基地をどのように建設し、どのユニットをいつ作るか。実際の戦いの前に敗北する可能性はかなり高い。プロトスでObserverを作らなかった? 残念、相手は不可視のDark TemplarやLurkerを送って来たので負けだ。どんな部隊を持っていようと、相手が見えなくては攻撃のしようが無い。終わりだ。あるいはプロトスで対空ユニットを作らなかった(例えば陸軍に注力してZealotを作っていた)? これまた残念、相手はMutaliskによる空軍を送り込んで来る。またも攻撃できずに負けだ。あるいはまた、自分の基地の周りをきちんと探索しなかったのが敗因かも知れない。相手は視界のすぐ外にBunkerを作っていて、開始早々4体のMarineを立て籠らせていたのだ。そして基地の方に向かってもう1つBunkerを建てる。それを妨害しようとすると最初のBunkerから射撃を受ける。更に4体のMarineが隙を見て基地を荒らしに来るのは時間の問題だ。
このリストは果てしなく続く。”StarCraft”の試合は長期戦になる事もある。戦術と対抗戦術、理論と戦略がそこでは幅を利かせる。こちらは良い場所に3つの基地を建てた。相手は5つの基地を建てたが守りが甘い。まずは相手の資源供給を絶つべきだろうか? あるいは攻城戦を仕掛けるべきか? 側面を攻めるか? これこそ本当の「戦い」だ。しかしまた多くの試合が、この「戦い」に入る前に決着してしまう。衝突の前に負ける選択肢が非常に多く存在するからだ。
これは必ずしもデザイン上の瑕疵ではない。深みである。初心者は覚える事が多過ぎてストレスになるかも知れないが。「分かった、基地の周りを必ず探索すればいいんだろ」「分かった、相手の基地も偵察する」「分かった、Detectorを早く作るよ」といった事が延々と続く。まともに戦える様になる為には、まずいくつものハードルを越えねばならないのだ。
ギルティギアXX
変な名前の格闘ゲーム、「ギルティギアXX」について考察しよう。このゲームにはチップという名のキャラクターが登場する。チップはHPが非常に少なく、単純なコンボや単発技でも大ダメージを受けてしまう。技が相打ちになったらチップは死ぬ。チップ使いは相手にまともな戦いを挑んではいけない。ラッシュをかけて相手を固め続けなくてはいけないのだ。チップは移動も技も非常に速く、テレポートと迷彩能力を持ち、空中で3段ジャンプができる(通常は2段)。チップが連続技を繰り出せば相手をガード状態で固める事ができる。その間チップはゲージを溜め続け、後の攻撃を有利にできる。相手はほとんど何もできない。チップのコンボはそれほどダメージが大きくないが、最後に相手を凍らせる事によって読み合いに持ち込める。相手は読み負ければ再びコンボを食らう。そしてまた次の読み合いになる。読み勝てば脱出してまともな戦いを始める事ができる。チップの第一目標は相手にそれをさせない事だ。チップは体力が非常に少ないため、相手も自由に動けると不利になるからだ。
M:tG
カードゲームの”M:tG”においても戦わずに勝つ術はある。通常の序盤展開だと、各プレイヤーは毎ターン「土地」カードを場に出す。土地はこのゲームにおける資源である。最初のターンには通常1枚の土地しか無い。2ターン目には2枚。強力なカードは多くの土地を必要とする。ゲームが進むに連れて土地が増え、より強力な(あるいはより多くの)呪文を唱える事ができる様になる。
ならば相手が全く土地を得られない様にすれば好都合ではなかろうか? 相手の資源を断ち、本当の戦いが始まる前に倒してしまうのである。これこそ「土地破壊」デッキの狙いである。このデッキタイプは多くの土地(自分はちゃんと土地を確保できる様にする)と、土地を破壊するカードから構成される。破壊カードの多くは相手の土地を1つだけ破壊するものであり、テーマによって様々な亜種がある。例えば相手のだけでなく自分の土地も破壊してしまう(大丈夫だ、自分は土地を大量に持っている)。あるいは土地を相手の手札やデッキに戻す。1ターンに出せる土地は1枚だけなので、これも資源レースにおいて相手を遅らせる効果がある。自分の資源は確保しつつ相手の資源を打ち砕けば、相手は何もできずに終わるという考え方である。ひとたび相手の手を縛ってしまえば、弱い攻撃カードでも止めを刺せる。相手のチャンスを封じる事で、いつの間にか勝ってしまうのである。
他に妨害デッキというのもある。相手の行動を封じるもので、土地破壊もこの一種とも言える。通常、妨害デッキは相手にカードを捨てさせたり、出したカードを破壊したりする。全てを捨てさせたり全てを破壊する必要は無い。相手の最も重要な武器を使われる前に奪ってしまうのである。相手を無力な屑に変え、こちらのする事を止められない様にして勝つというかなり性格の悪い勝ち方だ。
ストリートファイターZERO 2
私自身がストリートファイターの大会で優勝した時の話をしよう。大会の名は東海岸チャンピオンシップ4、通称ECC4である。私はECC3のストZERO 2部門で優勝しており、連覇に向けてかなりのプレッシャーがかかっていた。そして決勝まで進み、ベテランプレイヤーThao Duongと対戦した。Thaoの持ちキャラは春麗だけで、機械の如く正確に技を繰り出し滅多にミスをしなかった。
私はそこまで無敗で辿り着き、Thaoは1敗していた(ダブルエリミネーション方式の大会である)。Thaoが優勝するには4本先取を2セット取らねばならず、私は1セット取れば優勝だった。
私はまずザンギエフをぶつけた。春麗に対抗する秘密兵器である。春麗はザンギエフに対して大幅に有利だと思われているが、私のザンギエフは違う! これで相手を瞬殺する。筈だった。私のブランクのせいか、それともThaoの技量か、あるいは春麗がやはり有利なのか、理由は分からないが私のザンギエフは苦戦した。だが問題無い。いつもの対春麗キャラ、リュウに切り替える。そして何とか1本か2本取ったのだが、これまたブランクが災いし、どんどん負け幅が大きくなって行った。私は恐怖した。そこから何をすべきか、そしてそれによってどんな悪評が立つか気付いてしまったからだ。私に残された持ちキャラはローズだけだった。そしてローズは春麗に対し、有効な技が1つしか無い。しゃがみ中パンチである。
ここで孫子の出番である。私はローズのしゃがみ中パンチを戦う前に勝つ手段として、また戦いを引き延ばす手段として使った。しゃがみ中パンチは地味な技でリーチもそれほど長くないが、恐ろしく判定が強く相手の技を一方的に潰せる。しかも非常に速い。僅かな隙で連発する事が可能である。
これこそ私のレンガの壁である。相手に与えられた第一の試練だ。唯一の問題は第二の試練が存在しない事だ。そして更に悪い事に、これが破られればまともに戦う術はほとんど無い。相手がそれに躓く事を祈るしか無い。そしてそれにいら立ちミスを連発する事を。今思えば機械の如き相手にこういう戦い方をするのは上策では無かろうが、少なくとも無策よりはマシだったろう。他に手は無かったのだ。
私は全力でしゃがみ中パンチを連打した。出した技の90%以上はしゃがみ中パンチだったろう。ある特定の間合いと特定のタイミングでひたすらこれを繰り出す(具体的な所は秘密にさせてくれ)。私は無限の忍耐力でしゃがみ中パンチを繰り返した。そして相手がそれを破らざるを得ない様にした。もしこれを破れば本当の戦いが始まり、相手が勝つに相違ない。だが幸い、相手はこれを破れなかった。相手はこれに正面から挑んで来た。そして時々攻撃の手を休めた。レンガの壁を殴らないという決断を下したのである。私はその隙に理想の間合い(こちらのしゃがみ中パンチが届くより1ドット遠い距離)に入った。その間合いから延々としゃがみ中パンチを繰り出す。無論それだけでは勝てない。だが負けもしない。機械の如きThaoもとうとうしびれを切らせて攻撃して来た。いら立ちから、無謀なタイミングで突っ込んで来る。観戦者によると、私はしゃがみ中パンチを18回連続で繰り出したという事である。その間私も相手も一切他の事をしなかった。
更にこのしゃがみ中パンチの副作用で、私が何をするかという「読み筋」が出来上がった。17回目のしゃがみ中パンチの後に出したしゃがみ強キックは相当な奇襲だった筈だ。実際、17回目のしゃがみ中パンチの後には18回目が来ると思わないか? (追記:実際は18回やっていた。その後しゃがみ強キックである)
長い試合だった。そしてこの逸話も長く語り継がれた。各試合は2ラウンド先取で、ほとんどは第3ラウンドまでもつれ込んだ。決着に要した試合数は14。第1セットは4-3でThaoが勝ち、第2セットは4-3で私が勝って優勝した。私は脱水で崩れ落ちた。946mlのスポーツドリンクを一気飲みした。その時飲んだ”Fierce Berry Gatorade”は今でも勝利の味がする。
閑話休題。もし私がローズで「普通に」戦っていたら瞬殺されていたに違いない。そうする代わりに恐ろしく寒い、観客大不満足の試合をする事にした。しゃがみ中パンチによる「レンガの壁」を築き、本当の戦いが起きない様にしたのだ。更に相手を腐らせるため、時々素早く攻めに行って苛立たせた。少なくとも私が苛立っていると思わせた。
興味深い事に、ストリートファイターの大会の序盤戦はこうした「トリック」によって支配される事がままある。だがレンガの壁を永遠に築こうとするプレイヤーは少ない。いつかはまともに戦う。更に興味深いのは、決勝でこれをやる人間は非常に稀だという事だ。往々にして、決勝まで勝ち上がるほどのプレイヤーならばこの種の置き石を避けるのも上手い。対抗策を編み出す必要はあるにせよだ。こうした上級者同士の戦いは開幕から本当の戦いが始まる。それが普通だ。私はそれを避け続けて来た。トリックだけでは限界があるという事かも知れない(私はたまたま悪知恵で勝ったが)。あるレベルに達したら、勝たせてもらうのでなく勝たなくてはならない。観客にとっては幸いな事に、最強同士の戦いは抜き身の剣のぶつかり合いだ。剣を収めたままの戦いではない。
原文:http://www.sirlin.net/ptw