これは翻訳記事です
読み:心のスパイ
明君と賢将に勝利と征服をもたらし、凡人に不可能な成功をさせるのは、予知である。予知は鬼神の働きでも、経験から導かれる物でも、計算によって得られる物でもない……敵情を知る事ができる手段は間諜だけだ。
-孫子兵法-
孫子はスパイを最も重視しており、他のどの人員よりも柔軟に報奨されるべきだと説く。何故ならスパイのもたらす予知は、戦争において他のどんな資源よりも価値があるからだ。敵がどこを攻めて来るか知っていれば、防備を広く分散させる必要は無い。敵がいつ油断するか知っていれば、攻撃して確実に勝利を得られる。敵将の癖を知っていればそれを利用できる。スパイによる予知はあたかも未来を見通すかの如くである。
いつも一手先しか読まないが、いつもそれが正しい。
-第3代チェスチャンピオン、ホセ・ラウル・カパブランカ-
読み
対戦ゲームにおいて、相手の考えを知る以上に重要な事はほとんど無い。日本人はこれを「読み」と称している。相手が次にやる事を知っていれば、複雑な理論による意思決定は全て不要になる。孫子は相手の考えを読む事は霊的事象だと言うが、私自身は「常人には不可能な」読みをするプレイヤーを見た事がある。もしかしたらただ単に対戦相手の詳細を観察するのに優れていたのかも知れないが、どうもそれを遥かに超えている様に思える。ある1人のプレイヤーは超自然的と言ってもいい程に相手の考えを読む事に長けており、次に相手が何をするか知っていた。馬鹿げた言い分だと思うかも知れない。しかし信じて欲しい、日本の格闘ゲームプレイヤー、梅原大吾を見た者は皆そう言うのだ。潜めた声で、本当にそうかも知れないという風に。
話が横道に入るが、ゲームの「戦略性」は読みをどれだけ可能にし、報奨するかでほぼ決まると私は論じたい。馬鹿な例だが○×ゲームを考えてみよう。最初の1手は9種類しか無く、機能上異なるのは3種類だけだ。もし何らかの魔術で相手の次の手を予知したとしても全く意味がない。このゲームは相手が特定の手を打つ事を強制する非常に窮屈な代物であり、初心者だろうと予知の達人だろうと基本的に同じ棋譜を残す。「プレイの癖」や「性格」を発揮する予知は○×ゲームには存在しない。動いているのは単純なアルゴリズムだけであり読みの予知は入らない。
読みレイヤー
良い対戦ゲームは「相手のする事を知っていれば対抗できる」仕組みが無くてはならない。ではもし、こちらが相手のする事を知っている事を相手が知っていたらどうなるか? 相手はこちらに対抗する術を持つはずだ。この時、相手はこちらより一段階上のレベル、または上の「読みレイヤー」にいるのである。こちらは相手のする事を知っている(読みレイヤー1)。しかし相手はこちらが知っている事を知っている(読みレイヤー2)。ではその事をこちらが知っていたらどうなるか(読みレイヤー3)? 相手の対抗手段への対抗手段が必要になる。そしてもし相手がその事を知っていたら……
収拾不能になる前に芽を摘んでおこう。読みレイヤーは3までで十分である。なぜなら読みレイヤー4はレイヤー0にループして戻って来るからだ。例えばこちらに非常に、非常に優れた技”m”があったとしよう。こちらはできるだけこの技を使いたい(ここでリスク/リターンの非対称性が出て来る。もし全ての技が同じくらい良ければそもそも読み合いの土台が砕け散ってしまう)。この「読みレイヤー0」はある技がどれほど優れているかを発見し、ひたすらそれを使う事だ。すると相手はそれに気付き、その技を高い頻度で出して来ると予測する(読みレイヤー1)。そこで対抗手段となる技”c1″を使う。こうしてこちらにmを使わせない様にする。こちらの動きは封じられた。そこでこちらはc1を使わせない為の対抗手段として、対抗手段への対抗手段、あるいは”c2″を使う。
すると相手は何に備えていいか分からなくなる。こちらはmを使うかも知れないしc2を使うかも知れない。面白い事に、こちらはmを使いたくとも、相手にc1を使わせない為にc2を見せて脅しておく必要が出て来る。そうしておけばmを通しやすくなるからだ。
相手にも新しい選択肢が必要だ。こちらはmとc2で揺さぶりをかけられるが、相手にはc1しか無い。相手にもc2への対抗手段として”c3″が要る。これで双方2つの技を持つ事になった。
こちら:mとc2 相手:c1とc3
となるとこちらにもc3への対抗手段が必要である。ゲーム開発者はここでc4に相当する技を作りたがるが、それは必要無い。mがc4の役目を果たす事もできるからだ。基本的に、こちらが元々の良い技ではなくて対抗手段の方を出すと相手が読んでいたら、こちらは元々の技を出せば裏をかける。ゲームがちゃんとその様に作られてさえいれば。原則として、読みレイヤーが3まであり、レイヤー4がレイヤー0にループして戻って来れば、手段と対抗手段の完全な選択肢のセットが出来上がる。
こう書くと実際よりもかなり難しく聞こえてしまうはずだ。そこで「バーチャファイター3」から実際の例を引いてみよう(ただしこれも更にややこしいのだが)。
バーチャファイター3に見る読みレイヤー3の例
例えばアキラがパイを転倒させたとしよう。パイは起き上がる際に上昇技(これらの技は最強の判定を持つ)を出す事もできるし、何もしない事もできる。もしアキラが起き上がりに合わせて攻撃を仕掛けて来たら、上昇技で全て跳ね返す事ができる。だがもしアキラ側がそれを読んでいたら、その場でガードして投げ技で反撃できる。パイは上昇技のキックを出し、アキラはそれを読んでガードした。読み合いの始まりだ。
アキラはダメージの最も大きい投げを使う事にした(これがアキラの”m”である)。この投げをかわす事はできないのだが、もし相手が投げを読んでいて投げ抜けコマンドを入力したら、ダメージ無しでそれを抜ける事ができる。投げの「発生」は確定だがパイにはそれを抜けるチャンスがあるのだ。実際、パイ側はこの場合に投げが確定している事を知っており(常識である)、アキラが最もダメージの大きい投げを繰り出すのは明々白々である。結局、この状況は何百回と現れ、何百ものアキラが全く同じ事をして来たのである。パイがこの場で投げ抜け(パイ側の”c1″)を入力するのは戦略というより習性と化している。考える事無く条件反射でそうしてしまうのだ。
アキラ側は何度も何度も投げを抜けられるのに疲れ果て、今度は少し搦め手を使う事にした。崩撃雲身双虎掌とか、鉄山靠とか、その他体当たりの様な遅い強力な打撃を使うのである。これらは全て”c2″のカテゴリに入る。なぜこの状況で遅い打撃が有効なのか? まず、パイが投げられていないのに投げ抜けコマンドを入力した場合、それは投げ抜けでなく投げモーションになる。その時点でアキラが投げの間合い外にいたり、他の理由で投げられない場合、この投げは投げスカリになる。パイは虚空を掴もうとして隙を晒すのだ。バーチャファイターにおける重要なルールとして、相手が技の発生または持続モーションになっている間は投げが成立しない。ゆえにアキラが大きな技を出した場合、持続モーションが終わって硬直モーションに入るまでは全く投げを受け付けないのだ。
元の話に戻ろう。アキラは投げを抜けられるのに疲れ、相手の投げへの対抗手段である遅い強力な打撃を出す事にした。ちなみにこのc2技もかなりのダメージを出す。次にこの状況になった時、パイはどうしていいか分からない。習慣は投げ抜けを入力しろと告げるが、もしそうすればアキラの遅い打撃を食らってしまう。そこでパイは通常のセオリーを離れて”c3″選択肢を選んだ。その場でガードするのだ。こうすればアキラの打撃でダメージを受ける事は無い。そしてどの技を出したかにもよるが、パイは大抵の場合その後に反撃ができる。
ではアキラがそれを読んでいたらどうするか? 実はc4は必要無い。最初にやろうとしていた投げ技(m)こそガードへの対抗手段だからだ。投げは相手を掴んでダメージを与える特殊な攻撃で、たとえ相手がガードしていても成立する。これは打撃を防ごうとガードしている相手に使うためにわざわざ作られているのだ。
まとめると、
アキラは投げと遅い打撃を持つ。
パイは投げ抜けとガードを持つ。
先に示した様に、プレイヤーは読みレイヤー3、4、あるいはもっと上まで考えるはずだ。投げ抜けは既に条件反射と化している。しかし狡猾な相手に対しては、通常の投げ抜けをするかガードするか逡巡せねばならない。アキラ側はたまに遅い打撃を混ぜて敵を攪乱し、投げ抜けを止めさせようとする。そこで再び元々の目標に戻る:投げを浴びせるのだ。
もう一つの非常に面白い現象は「ビギナーズラック」だ。初心者のアキラはこの状況で投げに行く。なぜならこれは投げ抜けを知らない他の初心者に対しては上手く決まるからだ。そして初心者アキラは中級者に対しては決して投げを決められない。中級者は常に投げ抜けをするからだ。ところが奇妙な事に、初心者はしばしば上級者に対して投げを決めてしまう。上級者はどういう読み合いが必要か知っており、時々は投げ抜けでなくガードをするからだ。無論、上級者はすぐに相手がただの初心者である事を悟り、全ての動きを読み切れる様になる。
読み合いの複雑さを示す為に一言添えておこう。上記のバーチャファイターの例はかなり簡略化したものだ。本当は例えば、パイはガードでなく速い打撃を出す事もできる。アキラにも遅い打撃以外のc2がある。「キックガードキャンセル」と呼ばれる技がそれだ。まずキックボタンを押し、硬直モーションに入るまで投げられない様にする。パイがこれを投げようとすれば投げスカリになる。そこでアキラがキックをキャンセルすればパイの晒した隙に攻撃を叩き込める。この時点で投げを出せるのは確定しており、結局最初と同じ状況に戻るわけだ。ここでの肝は、アキラがキックガードキャンセルから投げを繰り出した場合、パイは恐らくそれに反応する時間が無いという事だ。それは余りに速過ぎる。パイはまた新たな読みレイヤーに放り込まれる。パイはアキラが投げに来ると読んで投げ抜けを出し、それをキックガードキャンセルされ、再び次の読み合い(打撃か投げ抜けか)に入る。一瞬でもためらえばその時は既に投げられている。
ここで強調しておきたいのは、バーチャファイターは恐ろしく複雑であるにもかかわらず、プレイヤーの思考は先に述べた様なレイヤーに沿っているという事だ。読み合いの構造やリスク/リターンを知るのも重要だが、読みを極めたプレイヤーなら個々の状況における読み合いを制する事で一気に本質に迫れる。似た様な状況におけるセオリーに従うより遥かに強力だ。
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