プロトタイプ:キルゾーン

1人用カードゲーム。襲いかかる軍勢を迎撃。

 

コンポーネント:

・「1」「2」「3」カード各4枚

・各種カウンター

 

開始処理:

・カードを切って山を積む。

・プレイヤーの初期マナは1。

 

ターン処理:

・山から1枚めくりキルゾーンに置く。

・「攻撃」「追放」「爆破」「防御」から行動を1つ選ぶ。

・「攻撃」はキルゾーン内の敵を1体選びダメージカウンターを1つ載せる。

・ダメージカウンターがHP以上になった敵は墓場ゾーンへ行く。

・「追放」はマナを1消費。キルゾーン内の敵を1体選び待機ゾーンへ送る。

・「爆破」はマナを1消費。キルゾーン内にいる残りHPが1の敵を1体選びダメージ1。更に他の敵全てにダメージ1。この二次ダメージでHPが0になった敵は墓場でなく待機ゾーンへ行く。

・「防御」はマナを1増やす。

・墓場に3体送る毎に、キルゾーン内の敵が全て待機ゾーンへ移動し、プレイヤーのダメージカウンターが0、マナが1になる。

・プレイヤーの行動の後キルゾーンに2体以上の敵がいれば、プレイヤーにダメージ1。

・山が切れたら待機ゾーンのカードを切って積み直す。

・墓場に9体の敵を送れば勝ち。

・プレイヤーのダメージカウンターが3になったら負け。

勝つ為か楽しむ為か

勝つ為に遊ぶ」という有名な記事がある。競技ゲームにおいて最適な手を探し続け、徹底的に勝利を求めるという考え方だ。例えば格闘ゲームにおいてひたすら投げを浴びせる事は正しいとされる。「せこい真似をするなよ」という抗議は無効であり、勝ちを求めて技量を向上させ続ける先に本当の楽しみがあると説く。

この議論の背景にあるのは「楽しむ」と「勝つ」の伝統的な対立である。デザインコンセプトから期待される方法でゲームを楽しむか、ルールの穴を突いて貪欲に勝ちを求めるか。

結論から先に言うと、両者が一致する様にバランスを調整すべきである。ルールに対して最適な反応をした場合に最も楽しい遊び方が生ずるのが良いバランスだ。ハメ技を使うなと抗議しても意味が無い。開発プロセスで取り除いておかなくてはならん。

「スーパーストリートファイターIIX」の豪鬼はゲームを破壊していた。出すだけでも一苦労で、圧倒的に強い。勝つ為にこのキャラを選ぶとすれば、それは楽しくないプレイになってしまった。それゆえどこの大会でも禁止されていた。

「縛りプレイ」というのは要するにそういう事で、「最適なプレイ」と「楽しいプレイ」が一致する様に色々条件を課すのである。縛りを考案する作業はゲームデザイン作業に非常に近い。

ルールはそれ自体として存在するのではない。それにプレイヤーがどう対処するかを含めての構造である。ルールへの最適な対処がゲームを破壊してしまうなら、それはルールがゲームを破壊しているのである。

全てはバッファである

ここに一本の河がある。河には山から水が入って来る。河の水は海に出て行く。入る量が出て行く量より多ければ河のかさは増え、出る量が多ければ減って行く。

これがバッファである。山(入力)から来る水は最終的に海(出力)へと出て行く。しかしその間にタイムラグがある。入り次第直ちに出なくても良いのである。そして「入力されたがまだ出力されていない」タスクを保管しておく場所が河、すなわちバッファである。

バッファは非常に多くのゲームに見られる。落ちものパズルのフィールドはバッファである。ブロックが上から振って来て、配列によって消えて行く。その間ブロックが逗留する場所がバッファである。タワーディフェンスは敵の出現位置から到達先までの距離がバッファである。敵が点滴の様に一定に流れて来るならバッファは必要無い。入り次第直ちに処理できるからである。カードゲームの手札もバッファであり、山から引いてから場に出すまでのタイムラグを作る機構である。さらにRPGのマナや経営ゲームの手持ち現金もバッファの性質を持っている。入って来た物が直ちに出なくて良くなるのである。

バッファゲームの基本的な要素は4つある。タスクが入って来るルール。出て行くルール。溜めておくルール。そしてタスクが前三者に影響を与えるルールである。

例えば落ちものパズルはフィールド内のブロックの配置によってブロックが消える。つまりこれはタスクの出て行くルールがバッファ内のタスクに依存しているのである。

カタンは資源を消費して拠点を作り、拠点から資源を採取する。つまり消費した資源=出て行ったタスクが入って来るタスクを決める。

TDは入って来るルールと出て行くルールとがそれぞれ独立している場合が多いが、範囲攻撃という形でバッファ内のタスクが多いと急速に出て行くケースもある。

良いバッファゲームはタスクが明確に「良いもの」か「悪いもの」であり、「良い物が増える」「悪い物が減る」という形で達成を即座に認識できる様になっている。そして良い物にも悪い物にも、それ相応のアートアセットが付けられている様だ。